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⑨消えた記憶

大学3年の冬、私は大切な何かを失った。
それが何かは未だにわからない。
でもあの事件のことは一生忘れることができない。

この頃、家にいるのが苦痛で仕方なかった私は、彼氏の家に入り浸るようになっていた。ある夜、いつもと同じように彼の家に向かった私は、いつも通る道に、いつもはない車が停まっているのに気づいた。黒いワゴン車だった。その車の隣を通り過ぎようとしたとき、突然ワゴン車の扉が開いた。そしてあっという間に私は車の中に連れ込まれた。中には男の人が何人かおり、そのうちの一人が私を殴り、その隣の男にナイフで切りつけられた。そして服を脱がされ、レイプされた。痛くて息ができなかった。でも涙は流さなかった。私のささやかな抵抗だったのかもしれない。こんなやつらのために泣きたくないと。

その後、心配して探してくれていた彼が、血だらけになった私を見つけ、病院に連れていってくれた。産婦人科の女性医師は、眠そうにあくびをし、目を擦りながら現れた。
医師:「初めてだったの?セックス」
たまひよ:「いいえ」
医師:「じゃあ良いじゃない。初めてだとかわいそうだけどね。元気だして!あなたにだって隙があったんだから、これくらい我慢しなさい」
診察中に色々思い出してしまい、泣き出した私に医師は言った。私は過換気になり、パニック状態で暴れてしまった。すると医師は「暴れるなら診察はできない」と、私をほったらかしてどこかへ行ってしまった。結局彼と相談して、私は診察を受けずに病院を出た。

彼は自分の同僚の産婦人科医に電話をかけてくれた。事情を話して診察をお願いすると、すぐに診てくれることになった。今度の医師は男性であったが、とても優しく接してくれた。しかし診察室に入るとまた過換気を起こした。医師は眠くなる薬を点滴から入れてくれた。
次に目を覚ましたとき、私は診察室のベッドで横になっていた。起きた私に気づいた医師は、傷の状態、妊娠や感染症の可能性、予防法、万一のときの対処法などを、ゆっくり、優しく、丁寧に説明してくれた。そして
「今回のことは、あなたには一切責任はないからね。悪いのは犯人であって、あなたは被害者だよ。薬を飲んで、できる限り妊娠を防ぎましょう」と何度も繰り返し、薬をくれた。

セカンドレイプという言葉がある。レイプのあとに起こる二次被害のことだ。最初に診てくれた女性医師も悪気はなかったんだと思う。もしかしたら彼女なりに励ましてくれていたのかもしれない。しかし彼女の言葉は、今も私の心に突き刺さったままだ。一生忘れることはないだろう。

幸い妊娠はしなかった。身体の痛みがひいてくるのと同時に、嫌な記憶も遠ざかり、私は表面だけの元気を取り戻していった。

大学4年の春、電車のなかで息ができなくなって、苦しくて倒れた。病院に搬送され、過換気だと言われた。それ以来電車に乗るたびに息苦しくなり、大学に行くのが難しくなっていった。パニック発作の始まりだった。
この頃はレイプのことを忘れたような状態だったと思う。でも何故だか辛かった。彼はあれからもずっと寄り添ってくれていたが、事件については口にしなかった。次第に私は気分が落ち込むようになり、あまり眠れず、ついには食事が摂れなくなった。

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