亀の歩み②(560字)
その夜、会社から家へ帰宅する途中に全長30cmほどの亀がいた。亀は私に気付くと嬉しそうに顔を持ち上げた。
「今あなたを追いかけていたところなんですよ。戻ってきてくれて、良かった」
どうやら朝に出会った亀と同一亀物で間違い無いらしい。
「戻ってきたというか、帰ってきたんだけど……。なに、君は朝からずっと私を追って歩いてたの?」
「そうです。千里の道も一歩から、ですから!」
亀のドヤ顔、初めて見た。
全く理解が追い付かないけれど、こんなに自分を追いかけてくる亀をこれ以上無下にするのは心が痛む。
「もし良かったら私の家に来る?君の話聞かせてよ」
「……ありがとうございます!」
亀の歩みに合わせていては帰宅が朝になってしまうので、抱えて帰らせてもらう事にした。ずっしりとした重みを感じる。
家に帰る道中、亀は思いのほかお喋りだった。今住んでいる場所の事、自分が幸せに過ごしていた事、前から恩返しの旅に出たいと夢見ていた事など、たくさん話してくれた。
そして私の家に着くなり「……きっったねぇ!」と言った。礼儀正しいと思っていた亀は案外口が悪いらしい。
ちょっと忙しくて片付けられなかっただけなのに、失礼な。
亀はしばらくの間、私の顔を見つめた。
そして、開けっ放しだった寝室の方を向きながら「僕にしばらくこの部屋を貸してください」と言ったのだった。
《③へつづく🐢》
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