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亀の歩み④(910字)
【前回のあらすじ】
恩返しに来た亀が、部屋にこもって何かしている。(詳しくはこちら→亀の歩み③)
亀が家に来て2週間が過ぎた。
相変わらず亀は部屋にこもって何かをしている。最初は気になっていたが、亀のいる生活にもすっかり慣れてしまった。
何より、おはよう・いってきます・ただいま・おやすみ、と言える相手がいるのは、なかなか心地が良いものだ。
ある日、会社から帰宅すると亀がひょっこり姿を現して言った。
「お待たせしました!もう部屋に入って大丈夫ですよ」
どうぞどうぞ。と寝室へ促される。
扉を開けると、荒れ果てていたはずの寝室が綺麗に片付いていた。
出しっぱなしで積み重なっていた服や本が整頓され、ベッドと床が見える。ゴミや埃も取り除かれ、シーツと布団がピシッとセットされて清潔そうだ。家中に散らばっていた飲みかけのペットボトルや、コンビニ弁当の容器、いらないチラシなども分別され、まとめられている。
「なにこれ……。全部君がやったの?」
「ふふ。年の功より亀の甲、ですよ」
どういうこと?と思ったが、ドヤ顔が可愛いかったので言わないでおいた。
「心身一如と言いまして。心と体は繋がっていますから、ゆっくり体を休められるように片付けさせてもらいました」
確かに、部屋が荒れていくたびに心が死んでいくような気がした。寝室が眠れる場所ではなくなって、そのうちソファで寝始めて。片付ける事も、食事をとる事すら億劫になっていた。
本当は私が自分でやるべき事なのに。どうやったのかは謎だが、亀が一生懸命片付けてくれている姿を想像したら、思わず涙腺がゆるんだ。
「……ありがとう」
私の顔を見て亀は目を丸くした。いや、目はもともと丸かったかもしれない。
「部屋、片付けてくれて、ありがとうね」
改めてゆっくり丁寧にお礼を言うと、亀は目を細めて嬉しそうに首を持ち上げた。
「そういえば僕のこと思い出しました?」
「いや全然。何度も言ってるけど人違いですよ」
「そんなはずないんだけどなぁ」
私は数ヶ月ぶりにベッドに横になった。亀が綺麗にしてくれた清潔なベッドに。
「たくさん寝て、たくさん食べて、元気になったら、たくさん笑ってくださいね」
眠りに落ちる直前、亀の声が聞こえた気がした。
私は、誰かに救われたかったのかもしれない。そんな事を考えながら、久々にグッスリ眠ったのだった。
《⑤へつづく🐢》
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