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亀の歩み③(590字)

【前回のあらすじ】
恩返しに来た亀を無下にできず、とりあえず一緒に帰宅した。(詳しくはこちら→亀の歩み②)

何の因果か、私と亀の共同生活が始まった。

「僕が良いと言うまで絶対に部屋を覗かないでください」

これが俗に言う恩返しというやつなのか。
おとぎ話の中の出来事だと思っていたけれど、現実にもあるっぽい。知らんけど。

亀は朝から晩まで部屋にこもっていた。耳をすませると時々『ガサガサ。ゴトン。』と音がする。一体何をしているのだろう。
気になって覗こうとしたけど、扉をそーっと開けた瞬間「部屋を覗いたら絶対にだめっていったよね?」と眼光鋭く注意されたので諦めた。

亀は気になるが、生活のために会社に行かねばならぬ。私は会社に行く時に、亀のご飯になりそうな小松菜をお皿に乗せて部屋の前へ置いた。
一応「いってきます……」と小声で言うと、部屋の中から元気に「いってらっしゃい!」と聞こえて驚く。誰かにいってらっしゃいと言われるのは久しぶりだ。

いつもの道、いつものコンビニ、いつもの出勤風景。私には変えようの無い日常がここにある。
理不尽な事に耐えて、1日が消費されて。これを365回繰り返すと1年になる。死ぬまであと何回繰り返すのだろう。終わりには何が待っているんだろう。私は、いつまで頑張れるだろう。疲れた。とても。

しかし家には今、亀がいる。
疲労がピークに達した私の妄想かもしれないけれど。本当は亀なんていないのかもしれないけれど。
「うちには今、亀がいる。」
誰もいない道で呟いたら、少しだけ心が軽くなった。

④へつづく🐢》

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玉三郎
お読みいただき、ありがとうございました☺️