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夜を食べたら #シロクマ文芸部(825字)

『食べる夜空 はじめました。』

シンプルな白い紙に黒の明朝体で書かれた飾り気の無い文字に、目を奪われた。
ぼーっと歩いていた僕は、その紙が貼ってある喫茶店の前で立ち止まる。

──食べる夜空、とは?

うまく働かない頭で考えながら、喫茶店のドアを開けると

「いらっしゃいませ」

いかにも喫茶店のマスターという風貌の人が現れて、お好きな席にどうぞと促される。

僕は好奇心から『食べる夜空』を注文した。
一体どんなものが出てくるのだろう。

「おまたせいたしました」

ふわっとスパイシーな香りがして、僕の前にコトリと料理が置かれた。

「え、カレー?……黒っ!」

それは驚くほど真っ黒なカレーだった。とにかく黒い。
おそるおそるカレーを口に運んで咀嚼すると、パチンと何かが弾けた。花火みたいな、刺激的で華やかな味がした。

不思議な気持ちでマスターの顔を見ると

「隠し味に秘伝のお砂糖を少々」

と言われて、反応に困ってしまう。

よく見ると、黒いルーの中にキラキラとした様々な色の粒が煌めいて見える。生クリームで描かれた白い模様が、尾を引く彗星のようだ。皿全体が夜空みたいで、ブラックホールみたいで、吸い込まれてしまいそうだと思った。僕は、この黒が怖い。

最近ストレスから眠れない日が続いていた。
眠れない夜は、永遠に続くんじゃないかというくらい長かった。夜にも動じない、強い自分になりたかった。もしも本当に夜を食べられたら、僕は今より強くなれるだろうか。

「……僕、夜が怖くて」

いつの間にかポツリとつぶやいていた。

その言葉を聞いたマスターは、そうですかと相槌を打った後、厨房から丸いものを持ってきた。

「不安な夜は、空を見上げて月を探すのがオススメです」

コンコン。パカリ、とお皿に落とされたそれは、丸くて黄色い満月みたいな温泉卵だった。

「こちらは特別サービスです」

マスターがニッコリ笑うので、僕もつられて笑ってしまった。温泉卵が、食べる夜空にとろけていく。

「……美味しい。」

今日、僕は夜空と満月を完食した。

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こちらの企画に参加させていただきます。
素敵なお題をありがとうございました✨

お読みいただき、ありがとうございました☺️