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たまちゃんプロフィール
はじめまして、たまちゃんと申します。
「Light Re-Write 」
闇の過去を光の未来に書き換えるライター
と名乗らせていただいております(長くて恐縮です)。
この記事では僕がそう名乗るようになった経緯についてお話したいと思います。
僕は2015年に脱サラし、起業しています。
はじめは、ネット通販による物販で起業し、今は並行してビジネスコンサルや情報コンテンツ販売を行っております。
ブログ等、文章を書くことに関するコンサルが多いので、肩書はライターとしております。
逃げて逃げてを繰り返す人生でした
子供の頃は両親の仲がよくありませんでした。
感情的な母は、突然キレだすことが多く、ケンカになると収まらないので、2階の自室に逃げ込んでいました。
母は突発的に感情が高ぶっているだけなので、次の日にはいたって普通でした。
まだ幼い頃は、そうやって機嫌のいい時と悪い時の落差があまりに激しいため、機嫌が良くても、気を許せず、子供ながらにご機嫌をうかがうのに苦心していました。
最も理不尽だと思ったのは、小学2年生の時、父方の祖母からお年玉をもらった後、それを知った母にものすごい剣幕で怒られたことです。
「なんで、お年玉をもらったの!!」
なんでって、おばあちゃんがくれるので、僕に断る理由はありません。
母が言うには、祖母は年金暮らしで蓄えもないので、お年玉分を後でうちから返しているようなのです。
いや、そんな話を聞いたこともないし、知ってたとしても小学2年生が気を使うようなことではありません。
2年生ながらに、母はなんて大人げないんだと、怒られたのも相まって、ものすごいショックを受けたのを覚えています。
小学生の頃はケンカをしていた両親も、中学生くらいになると、もう冷戦状態でした。
ほとんど口を聞かない状態です。
僕にはこれといった特技もなかったのですが、幸い学校の勉強だけはできたので、高校は進学校に入りました。
そこは大学進学率ほぼ100%くらいの学校だったので、自分ももちろん大学に行くつもりでした。
そして、あわよくば、県外で一人暮らしをしようとたくらみ、国立大学への進学を目指しました。
とにかく、この家から出たい。
その一心で勉強をしていたら、なんとか現役で志望校に合格することができました。
「やっと、この家から出られる!!」
晴れて、大学生活がスタートするのでした。
しかし、家を出て一人暮らしするのが進学の最大の目的だったため、大学の勉強に意義を見いだせなくなっていきました。
次第に学校に行かなくなり、ついには留年してしまいます。
それからはバイトに明け暮れていました。
バイトはお金が入るし、いろんな人と関われるので楽しかったのです。
バイトばかりしていると、やはり学校には足が向かいません。
結局、大学に行くきっかけをつかめず、もう一年留年することになりました。
結局、将来の夢もないので、卒業したところで、何をしたらいいかわかりませんでした。
そうすると、学校に行って試験を受けて単位を取るモチベーションも湧かないのです。
しかし、このままズルズル行ったら、最終的には退学になってしまう。
もう、その後のことは考えず、とりあえず卒業はしよう!
そう決意しました。
同級生の友人たちはもう上の学年に上がっているので、授業やテストについてリアルタイムで聞くことはできません。
なので、自力で授業を受け、テストの対策をして単位を取るしかありませんでした。
なんとしても卒業はしたい、という思いが実ったのか、卒業の単位は揃えることができました。
国立の理系だったので技術職の社員を求める会社が大学にスカウトのようにして来ていたため、来ている会社をこちらから選ぶような形で入社試験を受けることができました。
そして、2年も留年したにも関わらず、地元の鉄道会社に入社することができました。
鉄道会社には電気技術者として入社しました。
鉄道会社は大卒がキャリア、高卒が非キャリアとして働くピラミッド社会です。
大卒は高卒と比べ、圧倒的に出世が早い傾向にありました。
配属先は鉄道の電気設備のメンテナンスを行う現場部門。
そこはほとんどが高卒だけの部署です。
叩き上げの主任がおり、ベタな感じではありますが、大卒だからとやっかみを受けて、まあパワハラというかいじめのような扱いを受けました。
当時はまだ、パワハラという言葉が一般に使われていなかったのもあり、上司のやりたい放題でした。
10年もすれば立場が入れ替わるので、本人としては管理職になるための指導の意味が強かったようですが、他の先輩が「やりすぎじゃないですか?」と進言してくれるほど、いじめに近い状態でした。
だからといって、会社を辞めようという気も起きませんでした。
どうせ、そのうち立場も逆転するし、せいぜいデカイ態度でいろよ、くらいに当時は思っていました。
何の因果かわかりませんが、その上司は、会社を辞める時の直属の上司でもありました。
辞めるころには僕も管理職になっており、その頃にはパワハラも社会的に一般に知られる言葉となっており、その上司もやりすぎだったことを認めていました。
その当時はその上司というより、会社全体について嫌気が差していました。
鉄道の安全に対する社会の目が厳しくなっていたため、ひとつひとつの作業に対する管理体制が異常に猥雑なものになっていました。
品質管理という名の単なる書類増やし、トップダウンな会社風土。
また、鉄道設備の保守や工事は基本的に夜しかできません。
もう60歳に近い先輩方が、2日にいっぺん、夜間の勤務になります。
いわゆる夜勤とは異なり、昼も仕事をした上で、残業として作業に出るのです。
人手不足もあいまって、労働環境は過酷でした。
僕は管理職なので残業もないので、原則的に夜間勤務はありません。
親くらい年の離れた先輩方が必至で働いているのを見て、どうすることもできない自分がいました。
このまま出世したところで、この会社の風土を自分だけの力で変えることは難しいと判断した僕は、会社を辞める決断をしました。
その当時、たまたまTwitterで知った人に、Amazonで中古本やCDを売って利益を得る方法を習っていました。
それをまた別の方から習っていたら、月に10万円は稼げるようになっていました。
当初は転職を考えていて、面接などを受けに行きましたが、どの会社も似たりよったりで変わらないなという結論に至りました。
副業の物販も真剣にやれば、会社の給料くらいは稼げるんじゃないか。
そう思った僕は起業を決意します。
そうして始めた物販を軌道に乗せ、今日に至ります。
ただ、起業で成功してもずっとひっかかることがありました。
それは、自分の半生って何だったんだろう、ということです。
大学に進学したのも、何か志があったわけでも何でもありません。
会社も単に地元の優良企業だからと入ってみたものの、やはり志がないため、新入社員当時にはあった、会社のためにがんばろうという意気込みもついえました。
結局、自分の人生って逃げでしかないのかな・・・
逃げた瞬間は成功して、またダメになったら逃げるのかな?
起業で成功しても、ポジティブに捉えることができませんでした。
神話で人生を紐解く
そんな時に出会ったのがストーリーライターの新田祐士さんです。
彼が主催するビジネスコミュニティで学ぶきっかけを得ることができました。
新田さんは、映画やマンガなどを参考にし、人生が輝くストーリーとはどんなものなのか、ずっと考えてこられた知る人ぞ知るコピーライターです。
大学生の頃に1億円を稼いで、お金を稼ぐことはいつでもできるということから、当時自動で稼ぐことができていたメルマガを全部捨てる、なんてことをやってのけた人です。
その新田さんとコミュニティを共催されている小田真嘉さんという方からも、人生のストーリーについて学んでいます。
お二人によれば、ストーリーの最高位にあるものは神話だそうです。
日本の神様は八百万の神といって、覚えきれないほどの数の神様がいらっしゃいます。
神様それぞれが持っている神話が異なるのです。
それは、いろんな人間が生きてきたストーリーの雛形になっているというのです。
黒歴史とでも言うべき過去があったとしても、その経験のおかげで今があるとはいえないか?
闇があってこそ光があるのではないか?
と小田さんはおっしゃいます。
2人が主催するビジネスコミュニティでは、ステージ4のガンが治った人や、数え切れないほどの浮気をした夫と離婚寸前を回避して、今はラブラブの奥さん、なんて方もいらっしゃいます。
どちらの方も僕は面識があります。
そのように本当に辛いところから這い上がってきた人が数多くいるコミュニティです。
そう考えると、自分も会社を辞めてなかったら、こんなに人生が逆転するような学びを得ることはなかったなと思いました。
逃げるようにして大学に生き、逃げるようにして会社を辞めたけど、それがあったから今がある。
そして、当時の自分では、やったことが良かったかどうかなんて、わからないし、むしろその後の行動によって、過去の定義って変わるんじゃないのかなと思ったのです。
さらにいえば、過去の定義は変えられるってことです。
そう考えると、新しい環境に飛び込んで行くことが、必ずしも逃げではないし、むしろ新しいステージに進んでいるのかもしれないのです。
逆に言えば、未来の自分が今の自分を振り返っていると考えれば、大胆な行動に出れるんじゃないかなと思います。
そうやって、闇だった過去を光に書き換えていく。
そんなつもりで、このプロフィールを書かせていただきました。
そして、あなたを含め、関わる人の未来を素晴らしいものに書き換えるお手伝いをしたいと思って、
「Light Re-Write」
闇の過去を光の未来に書き換えるライター
と、名乗らせていただいております。
長いプロフィールをお読みいただきまして、ありがとうございました。