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【小説】10年後、約束の欅の木で

「この欅の木に、10年後の今日集合な」
6年3組のリーダー格であった片山君が、クラスの面々に向けて宣言した時の様子を思い出す。
確かその時は、私が密かに片想いしていた康正君が何を書いたんだろうとか、仲のいい紬ちゃんの書いた手紙に私の名前は入ってるんだろうかなんて想像をしていた。
10年前の今日、「何時集合にする?」なんて疑問は、全く浮かんでこなかった。

紬ちゃんを含めて、連絡先を知っている人は何人かいたが、誰からも「タイムカプセル開けるやつ何時ごろ行く?」だなんて聞かれなかったし、「10年前の口約束だけで集まるって方がなんか良いよね」なんて思ってしまい、私から聞く事もなかった。
だから、相場は昼頃かなと思いつつも、余裕を持って10時には約束の欅の木にたどり着くように家を出た。

そして、誰も訪れないまま夕方を迎えた。

10年前に見た頃から全く変わっていない欅の木を、夕日が茜色に照らす頃、「ああ、みんな覚えてないんだな」とようやく合点した。
LINEで紬ちゃんに送りかけた「いつ頃くる?」というメッセージを、送らなくて正解だったなと胸を撫で下ろす。

確かに小学6年生からの10年間は、タイムカプセルを掘り起こすという口約束を忘れるには、十分すぎる時間だった。
現在22歳の私でも、人生で最も密度の濃い10年間なんだろうなと、優に想像できる。
かつて6年3組で共に過ごした同級生の中には、学生時代をめいいっぱい部活に打ち込んだ人もいるだろう、もう既に結婚をし、立派に子の親になっている人だっているかもしれない。
かつての同級生達は皆、10年前の口約束なんて入りきらないほど、ーー私の10年間とは比べものにならないほどーー密度の濃い10年間を過ごしているのだろう。

結局私は、1人でタイムカプセルを掘り起こした。
みんなの手紙は確認せず、自分の手紙だけを回収するためだ。
他の人の手紙を読まないのは、プライバシーを尊重しての事もあるが、正直なところ、接点の殆どなくなっているかつての同級生が残した手紙に、興味がないという理由が主だ。

(誰かが持ってくるだろうと思いつつ、念のため持参した)スコップで土を掘り、何の感動もないまま、10年前に埋めたプラスチック容器を掘り起こした。
中には小さな紙がたくさん詰まっており、折り曲げた紙の側面に名前が書かれている。
他の紙をかき分け、自分の手紙を探し始めると、あっさりと自分の手紙を見つけた。
手紙を開くと、懐かしくもむず痒い昔の自分の筆跡が目に入った。

『楽しんでいますか?成積はいいですか?結婚をしてますか?友達はたくさんいますか?』
心の中で10年前の私に「“成績”ね」と呟き、涙を拭ってから、タイムカプセルを埋め直した。