サンジェルマンのパンドミ
※この記事はパンにまつわる個人的な思い出を書いています。サンジェルマンのパンドミの近況じゃなくてすみません。
母方の祖母はこだわりが強い人だった。
こだわりが強いというか、ルーティンがしっかりと決まっていた。朝何を食べて、いつ洗濯をして、洗濯のあとに何をして、どこで買い物をして、何を買う。それはほとんどブレることがなかった。
朝ごはんは特にそれが顕著だった。メニューは1Lポットになみなみ入った紅茶と、あたためすぎてミルクパンで膜を張っている牛乳(なぜかいつも膜を張っていたから、沸騰させてしまうのだと思う)が鍋敷きに乗せてテーブルの真ん中にある。青い縁取りのお皿には、鎌倉ハムのももハムが各自一枚。祖父の分だけ、ハムを横切るように細長く切ったチーズ。小皿には、櫛形に切ってさらにスライスしたりんご。透明なガラスのボールに、レタスとトマトのサラダ。小岩井のマーガリンと、それだけはときどきで変わる3種類のジャムたちは、めいめいの席に置かれたバターナイフと一本のスプーンで使う。祖父だけはジャムを使わないので形の特別なバターナイフがおいてある。そして、真っ白で分厚いお皿に、今トースターから出したばかりのパンドミ。
今考えるとものすごく手が込んでいてしっかりした朝食だ。でもこのメニューがブレることは私の知る限りなかった(祖父母の家に行く日しか知らないから、もしかしたら違う日もあったのかもしれないが)。3種類のジャムだけがたまに違うものになっていて、祖母は気になったものをそこで試していたようだが、祖母が気に入らなかったジャムはいつ行っても量が一番残っていて、私はそれを集中的に食べた。絶対3種類のうちの1種類は何時も、メーカーは違えど必ず洋酒漬けでテラテラしたマーマレードだった。
ジャム以外では、野菜が不作のときに入れ替わるくらいでそれ以外は全て完璧に決まっていた。だから、いつものスーパーに買い物に行って何かが足りないと祖母は不機嫌になった。その絶頂が、いつものパンドミがないときだった。
サンジェルマンというチェーンのパン屋さんが駅ビルに入っていて、パンはいつもそこと決まっていた。そこには山型の食パンが2種類あって、パンドミともう一つはエクセルブランとかいうやつだ。祖母は絶対にエクセルブランは買わずに、パンドミの6枚切りを買った。切ったのがないときは、店員さんに聞いてスライスして袋詰めしてもらっていた。
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小さい頃私のお皿にはパンドミはなかった。硬いからなのかなんなのか知らないけれどパンドミは大人の食べ物で、私はいつもサンジェルマンでコーンパンの小さいのを一つと大好きなポンデケージョを一つ買ってもらう。それすらもルーティンだった。それは多分母が決めたものなのでたまに別のパンになることはあったが、ルーティンというのは恐ろしく、一度食べてみて美味しいなと思っても次の機会にはやっぱりコーンパンに戻っている。
パンドミに昇格するのは自主申告制だった。というか、それを大人たちが意識していたのかわからないが、物心ついたある日、私が「私も食パンでいいよ」と口にして、そのときに初めてパンドミを食べた。大人の階段を一つ、のぼった。
初めて食べるパンドミはやっぱり少し硬くて、トースターで焼かれて思ったよりもパサパサしていたので、パンドミになってから私はミルクティーを飲む量が増えた。それでも、今まで小さなコーンパンでは試すことのできなかった色々のジャムを好き勝手に楽しめるのは、むしろ大人と子供の端境で私が得た特権だった(とはいえ、私の母もまたルールのある人で「食パンの半分はマーガリンでもう半分だけジャムを塗っていい」と決まっていたので、私のパンドミというパレットは半分いつもカラフルに彩られていた)。
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ある日パン屋にいつもどおりの時間に行くと、パンドミが売り切れていた。祖母は文句を言いながら別の食パンを買った(多分エクセルブランだったとおもう)。その食パンだって別に美味しかったのだが、祖母はずっと違うのよ、やっぱりこれじゃないわねぇ、と文句を言っていた。祖父は別に何も言わなかった。私は家でその時時のパンを食べ慣れていたから特に違和感を覚えず、おばあちゃんはパンドミが好きなんだなと思っていた。
でもそんな祖母も、祖父が亡くなって一人暮らしになってからは、少し糸が緩んだのか、はたまたパン屋で買うと食べきれないからか、食パンに対して寛容になっていた。パン屋じゃなくてスーパーで買ってみようか、と言い出して、Pascoの上位ブランド(緑色の袋に入っている)のパンを買ったりしていた。私が食べてみたいパンがあれば買ってもらえた。食卓のメニューもやや品数が減ったりしていたし、紅茶のポットは小さいものになった。牛乳は小さい容器でレンジであたためるようになった。
もしかしたら、祖母は完璧な主婦であるべく夫の前ではいつも完璧な朝ごはんをぶらさなかったのかもしれなかった。パンドミは祖父が好きなパンで、だから絶対なのかもしれなかった。今となってはわからないことだけど。
そうして、パンドミはたまにしか朝食に登場しなくなり、やがて祖母は晩年施設に入ることとなり、その祖母を失くしてからは、ついぞ、しばらくの間私自身もあのパンドミからは離れていたのである。
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サンジェルマンはその間も当たり前に健在で、私の家の近くにも街に馴染むようにしてすっと店舗があった。残念ながら幼少期の慣れ親しんだコーンパンは少し様相が変わってしまい値段も倍ほどになっていて、どうにも当時の様子が思い出せないのだが。
この前ふと何気なしに夜立ち寄ったら、パンの種類はもう限られていて、パンドミは売り切れていてエクセルブランだけが売れ残っていた。なんでもいいやと思ってそのエクセルブランを買って帰ったのだが、最初は普通に焼いて食べる勇気が出なくて2枚フレンチトーストにした。美味しかった。3枚目、満を持してトースターで焼いて、家にあるバターを塗って食べてみた。全然違う。これじゃない。普通に美味しいのだ。いいパンなのだ。しかも生活の乱れがひどい私のその朝食は、焼いたエクセルブランとプロテインシェイク、以上であり、皿も無ければ紅茶もなかった。そのせいなのかもしれない。でも、パンはやっぱり正直で、これじゃないことくらいすぐにわかるものだ。サンジェルマンで買いたかったのは、会いたかったのは、このパンじゃなかった気がした。「これじゃないわね」とつい口にしてみた。
今度は、もっと昼間から、あの3枚切りのパンドミを買いに行こう。ポットにたっぷりと紅茶を淹れて、洋酒の香りのするマーマレードを添えて。