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水曜の朝のちょっとしたイングリッシュ

水曜の朝はいつも、ひょんな英会話教室だ。

勤めている企業のあるところに、大きな歩道橋がある。道路が複雑にできたその土地の歩道橋はあまりに大きく、四方八方へと伸びている。でも歩道橋というものが大嫌いな私でも、通勤のときは大抵否応なしにそのゆらゆらする変な橋を渡らねばならない。

周りを見渡す限り、この歩道橋以外に道を渡るすべはないもんだから、よく立ち往生するベビーカーの方や、スーツケースの方に出会う。そんなときは、対して鍛えてもいない腕で一丁前かっこつけて対して重くもないけど荷物を持って上がり降りを手伝うのである。

そして、水曜の朝は決まって、英会話なのだ。

とはいえ彼女は日本人なんだけど。

最初は、大きな歩道橋を渡りきって下がりきったところで彼女に会った。おばちゃんはパッと見70代くらいで髪は真っ白。ゴロゴロするカートを持っていて、途方に暮れた目で階段を見つめてしょんぼりしていた。

「それ、持っていきましょっか」と声をかけたら、あらいい?と少し楽しそうな彼女。そして、次にイッツカインドオブユウ、といきなりいうから、ちょっとたまげた。今このおばちゃん、英語を言った?

階段を上がりきったものの、どっこい階段というのは上がったら降りねばならないじゃないですか。ということでとりあえず降りるとこまでついていくことにした。次に彼女はホワッタイムイズイッナウ(What time is it now?)と続ける。私はキョトンとして、あぁ、九時ぐらいでしょうかね、と日本語でつい答えた。そもそも、九時に仕事を始めるために少し早く家を出た日なのだ。たしかそれくらいのはずだ。

「これは、今何時ってことよねぇ」と彼女は続ける。練習してんのよ、どこかでふいに外国の人にあっても、少しくらいペラペラっと話せないとね。と言って、鞄からボロボロの本を一冊取り出す。英会話の練習帳らしく、初級かと思いきやどっこい、なかなか骨のある文章も載っていて彼女がそれを見せて解説を続けてくれる。

これはどうかな、あぁ簡単すぎるかしら、ねぇじゃあこれはなんて読むと思う?

That's what I wanted to know. 

私はその文章を見て繰り返す。少しゆっくり目に。もちろん意味はわかる。わかりすぎるけどとりあえず読む。

彼女はうなずき、あぁ、これは話してるときに使えるわね。「それが知りたかったのよ」ってね、これ覚えて帰ろうよ。That's what I wanted to know. That's what I wanted to know. 

それを聞いていて、そういやこの文の意味はわかるけど使ったことがあっただろうか、とふと思う。

今何時、も便利なのよ。それを会話のきっかけにできるでしょう。知らない人にも話しかけられちゃうわ。と語る彼女にはっとする。ああ、なんて奥が深いんだろうホワッタイムイズイッナウ(What time is it now?)。とりあえずこれ覚えよう、と言われ、私はその新しい用法を心に叩き込む。

にわかで英語を始めた人なのかと思ったら、彼女はとにかく本にたくさん書き込みをしてたくさん勉強していた。会うたびに違う本を持っている。なんだか、英語ってそういや人と話すためにあるんだよなぁとかっこ悪くもいまさら思う。

水曜の朝といえば、何故かそのおばちゃんに出くわす。彼女はちょっとした「英会話教室」をはじめる。1日に2-3文。議論が白熱するのは歩道橋を降りたところだ。今日の表現は、I've got a mail from my friend. (友達から手紙が届いた)、 I cut open the package.(パッケージを切って開けた)。

二回目に彼女に会ったときは、もう言葉もいらず、とりあえずカートを抱えて私は歩く。少し遅くなったからか、彼女に会ったのは歩道橋の上だったから、今日はハーフウェイだ。上がり下がりあって嫌ですね、というとそうねぇアップダウンだねぇと言う彼女、本当に英語脳だ。

そんな彼女のレッスンも歩道橋を降りるまでと思いきや、降りたあとに彼女は楽しくなって饒舌になり、あれもこれもと教えようとしてくれる。あぁこれも面白いの、あと2つやろっか。たのしい、たのしいのだが、、

「すみません、仕事が…」あーなんて情けない。この授業をもっと聞いていたら楽しいのに。でも背に腹は変えられない。水曜は九時に始めなきゃ間に合わない仕事があるのだ。

あぁおっけおっけ、ありがとね、サンキューベリーマッチ。彼女は物分りがよく、名残惜しそうながらもさっぱりと見送ってくれる。そこからもう一度歩道橋を上がって渡りきって下がってのダッシュだ。

私自身少し名残惜しく、でも早足で会社に向かう。ふと、毎水曜もっと余裕を持って早く会社に来ていればゆっくり話せるんだろうかと思う。いやそれは無理だ。早く来たら、彼女と会うタイミングに歩道橋を渡ることができない。結局、数分間の運命じみた出会いなのだ。

そして、九時五分、会社につく。あぁ、今日も安定のbelated morningだ。


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