素晴らしき哉、復讐!
大蛇が野うさぎを食べていた。茂みの影のなかで、白くて小さな愛らしい影が飲まれていく。ツツジは刀の柄を強く握った。これは自然の摂理だ。邪魔してはいけない。この世はいのちを食い食われる場所だ。しかし山は奇妙なまでに静かだった。この風景をどうしても見せようとしているようだった。
強い胸騒ぎがしてツツジは走った。丘を下り川を越えたところで黒煙が見えた。芒野を抜けると家が燃えていた。サクラが夕食の支度をして待っているはずのわが家はいまにも崩れ落ちそうだった。ツツジは叫びながら荷物を放り出して炎のなかに飛びこんだ。
サクラは奥で息絶えていた。粗末な服は獣に食い千切られたように裂けて胸元と秘部があらわになっていた。血は止まっていたが首に小刀が刺さっていた。乱暴され苦しめられた末に殺されたのだとひと目でわかった。死に場をもとめて放浪していたツツジに生を取り戻してくれたサクラはもういなかった。そこにあるのは粗末な襤褸切れのように食い捨てられた肉塊だった。ツツジは泣きながら死骸を抱えて炎を抜けでた。
白日の下に晒されたとき、ツツジは小刀に見覚えがあることに気づいた。柄頭に彫られた蛇の紋様は、サクラと出会う前、ツツジを雇おうとしていた女盗賊、その棟梁ミユキが使っていたものに違いなかった。
いつか後悔するぞとミユキは言っていた。こういうことかと理解して、ツツジは久しく忘れていた殺意を思い出した。平穏無事に暮らそうと思っていた己の甘さがサクラを殺した。ならば鬼に戻ろう。都で汚れ仕事を繰り返していたころに戻ろう。やつらがすべて燃やしたのだから、今度は私がすべて燃やす。地の果てまで追い詰めてでも皆殺しにしてやる。
ツツジは焼ける家を背に道に出ると、馬の足跡を見つけた。誘いだったが躊躇いはなかった。ツツジは駆け出した。
半刻が過ぎたとき、一人目の首を刎ねた。(つづく)