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長篇【僕らの唄が何処かで】⑦ 西野七瀬


特別を経験すると、多岐に渡る違和感が強く残る。

京都はまさにその”特別”を普段に作り替えたような場所だ。実際は変わってしまった日本文化と文明の両立が京都の場合、風情に重きを置いてる。


日本の毒に近い都会の濁りは京都に来るだけで新鮮に思えて、真新しい景色に囲まれて些か疑問も生まれる。

『そうだ、京都へ行こう』

七瀬が言い出した旅の行き先は、こんな感じで節操ない雰囲気だった。


幸いにも宿泊券が使える宿が京都で見つかり、僕らの行き先は案外すんなり決まった。

京都に行って何をするのかは正直考える暇なく、一週間後の行くという乱暴な旅となった。


とりあえず行き先さえ決まってしまえば、道中で決めるのも乙なもの。僕らはとりあえず修学旅行のような旅ではなく、あくまでも癒しを目的に決めた。

七瀬が感じたいのは島では感じられない風情。それだけで少しだけ安心して、僕の中の空気が抜けそうだった。

そうと決まれば、僕らは毎日を消費するだけの時間が始まった。七瀬は今から荷造りを始めて、一泊しかしない分の楽しみを小さい鞄に詰め込んだ。

『温泉卵食べたい』

恐らく夕食か朝食で食べれるであろう食材を、今から待ち侘びている様子に、その待ち遠しさが僕にも伝わってきた。

秋の学校は少し忙しない。高2である忠実さを忘れがちになっても、隙間が急に現れてくるのが不思議と面白い。

そんな時は旅行のことを考えて、時間を無下にしていくことが、僕らの得策でもあった。

そして、僕らは旅立つ日に起きる。

島を抜けるための船と京都に行くための新幹線を続けて乗る。この島に来た日を思い出すような工程だったが、連続的な旅の抑揚は相変わらずワクワクする。

「七瀬って新幹線は乗ったことあるの?」

『……ないかも。普通の電車すらどうやるか分からない』

「じゃあ今の七瀬は無人駅なら一人だと無理だね」

『今は〇〇がいるから大丈夫。頼りにしてるよ』

僕らは1日に数本しか出ない船に乗る。七瀬は全てが新しい体験として、記憶しそうな表情を逐一してくるのが、僕は嬉しかった。

「……さぁ、次は新幹線だ」


黒渦を抜けて、潮の匂いを飛ばして僕らは新幹線を待つ。周りの人たちが当たり前のように駅弁当を買う様子に七瀬も真似をしたくなっていた。

「…………じゃあこの弁当二つお願いします」

二人並んだ席で、一人だけの食事は少し可哀想に思えて僕も買う。


僕自身も久しぶりの新幹線に、七瀬がいる手前格好をつけたくなるが、慌ただしい表層をそのままに僕らは席に着く。

弁当を広げて、物語を動かす。

まだ昼頃、もうすぐトンネルを抜けて世界が広がる。


『………寝ていい?』

「いいよ、着いたら起こすから」

定番だったが、七瀬の頭は僕に乗る。今空いている右手を七瀬の方に向けたかったが、一瞬の隙間が嫌だった。

だからこそ隙間を使って、僕は静かに一人で腕を組んだ。

そして気付けば、空が広がり街が見える。

その空は何度見ても、よく分からない色をしていた。そもそも色と呼べる代物なのか、血色が悪いと言ったほうが僕らの旅路を邪魔するような不運には見舞われないだろう。

「…………あと数分か…」

切符に書かれている目的地まで、足を落とすことのない駅たちを見ると自分の位置がある程度わかる。

そして僕はそっと、彼女を起こすことにした。

「七瀬、着いたよ?」

『…………早くない?』

「それでも結構寝ていたけどね」

擦っては、彷徨く視線が気になる。またゆっくり閉じようとする瞼を僕は抑えて、意識を起こす。


「ほらっ………起きて、すぐに宿なんだからそこでゆっくり出来るでしょ」

そして改札を出ると、また都会とは違う景色になる。古民家の多い島に慣れた僕らはに映る建物の風情は凛々しくて、古風の威厳を見せる。

「なんかタイムスリップしたみたいだね……」

『駅の近くでこの景色なら、観光地はもっと凄そうだね』

「とりあえず宿行こっか」

『うん、お腹空いた』

舞い降りた土地の地面に覚束ないまま、僕らは千鳥足で宿に着く。チェックインしようとフロントに行くと周りには僕らのような餓鬼はあまりいない。

少し浮いた僕らが貰った部屋の鍵は、重く赤い簪のようだった。硝子張りのエレベーターに乗り、不器用ながら鍵を使って入る。

『…………広っ』

二人には十分過ぎる、檜の柱と香ばしい畳の一室と、大きい一枚板の机に僕は似合わない姿で近づく。

七瀬は荷物を下ろして、窓から見える景色を見下ろす。壮観な光景から自然体の日本文化に取り込まれた建物の羅列が目に入る。

すると僕は近くに扉を見つける。軽快な扉の開けると和には相反する洋室があった。

「ねぇねぇ七瀬、こっち来てよ」

『……ん?』


窓から離れて浴衣を整理していた七瀬を手招きして呼ぶと、

『あ、ベッド!!』

まだ高校生のガキンチョがベッドを見つけて飛び込む。深く沈んで、周りの掛け布団が宙を舞う。


「おい、小学生じゃないんだから」

『〇〇もやってみな、気持ち良いから』

「…………じゃあ、えぃっ!」

七瀬が沈んでいる所に無神経に飛び込んでみる。僕の少し高揚とした表情と危機感から着地点から少し身体を回して、僕から逃げる。


『どう?』

「…………このベッド気持ち良い」

この後の食事を忘れて、僕らは汚い身体で布団で遊ぶ。

『………ご飯はもうすぐでしょ?』

「うん、でもその前に風呂に入ろうよ」


僕から少し離れた所からまた身体を回して、ゆっくりと近づいてくる。沈んだ身体に落ちるように僕の身体の肩に頭を置く。

『……部屋風呂が良かった?』

「馬鹿言うな、そういう関係じゃないだろ」

口は災いの元なら、今日は夢の汗のようだった。

『そうね、もし今の〇〇なら危険そうだ』

「そういう目で見ていたのかよ」

僕らの期待のない会話には、夢も希望も水のように当たり前で、空気のように必要だった。

「……よし、風呂行くか」

もう既に下着には見慣れていた僕でも、この旅行の息だと恥ずかしくて火が出るかもしれない。

ただ一旦離れて扉をしても、隙間から七瀬が見える。

ただ見たとしても、燃え上がるような気持ちも興奮も正直薄い。綺麗な女子を横に安易に口にするべきではないかもしれないが、本音ではそうなっている。

それを野暮に考えると、僕は今どういう存在と隣にいるのか。誰と旅行をしているのか自問自答をしたくて堪らない。

巡り廻る存在の確認にありふれている朝顔のような機微の血色が、千本の針を剥き出しにして咎めていく。

答えの出ない頭の中の苦しみは、いずれ悩みになる。

今はまだそんなこと考えない方が、七瀬の為でもありそうだった。そんなことをまた馬鹿なりに巡らせていると、

『…………着替え終わったよ』

「はーい」

『じゃあ一旦出て』

扉からひょこっと顔を出した七瀬の可愛さには触れようとせず、僕は自分の浴衣を取って着替え始める。スルスルと抜け落ちる服の温もりから逃れるように、夏に来た浴衣とはまた風情が異なった、秋の世直しのような浴衣を着る。

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それから瞬間は、まるでストロボのように煌めいた視界が続いた。僕らは夢の中で浮遊しているみたいな現実と忘れそうになる儚ない禍根がもやもやしながら、突き進んでいく。

夢であれと、願いもしようとすると、原始的で忌憚に七瀬の声が大地へと呼び戻していく。


『お待たせ』

「やっぱり七瀬は長いね、結構待ったよ」

『予想してたんなら、もっと入れば良かったのに』

「長湯は苦手なのよ。これでも僕としては耐えた方だったんだけど、普段通り七瀬は長かった」

火照る頬の暖かさが目に染みて、僕の昇っていく気持ちも追随していく。


汗が寂寞として身体を正直に写すと、僕は隠れたくなってタオルで顔を隠す。弛れる七瀬の視線は僕を跨いで、一つしかない僕の隣に来る。

風呂場前の狭い長椅子に、対合して筆箱のようにきっちりと収まっていく。

『…………ん?』

気付いたら、見ていた僕の顔を何事と覗く七瀬も、普段の七瀬と変わらず美しかったのを覚えている。

「いや………何でもない」

ありふれた瞬間だろう、色んなドラマや娯楽作品でこういう光景は見てきた。家事のながら見に蓄積はこういう風に結果として現れる。


僕は矢鱈に手で扇ぐ、冷ましたい高揚を整えようと躍起になって。

「熱いな………この後すぐ晩ご飯だけど、大丈夫?」

『うん、余裕』

この宿では今で聞こえていたような海鳴りと人の喧騒は聞こえて来ない。寧ろに蔑ろにされた静寂が寄り添ってきたように、僕らの耳元に不自然にやって来る。

今日の客数は少し疎らの様子で、よく見れば働いている人の方が多いようにも見える。


何も聞こえて来ない僕らの食卓では、いつもの食事に戻る七瀬の生き様が見れて嬉しい反面もあった。

「…………まだ食べるの?」

『うん、そのつもりだけど』

「そりゃぁ、凄えな」

何回も立ち上がっては好きなメニューを運んでくる。バイキングの思考を十二分に理解している楽しみ方でもあったのが、喉があまり通らない僕でも分かった。


小言で感想を言いそうになる程、幸せの笑みを溢れさせては、満足の一端を滑らせてまた立ち上がっては取りに行く。

その繰り返しが僕には少しだけ恐怖に覚えて蒼ざめたのはしょうがないと感じて、渋々緑茶を啜る。

『………お腹いっぱい』

「そりゃそうだよ」

部屋で倒れている七瀬は、敷かれていた布団に寝転んで秋を見る。僕からは瞼を落として、苦しんでいるようにも見えるが、なんだか食欲の秋を堪能しているようにも見える。

微光の漂う彼女の満腹感が華のように機嫌の良い色をしていた。

「結局布団敷かれるんだね」

『でもこの方が旅感出るよね。ななはこっちの方がいい』

目を閉じながら僕らは遠くに会話する。窓側に設置された椅子に腰掛けた僕の声は、七瀬に届いているのか。


甚だ疑問にも思うが、純粋に邪な槍を入れる必要もないと総括出来る状態であったのは、僕自身が旅に満喫しているからだろう。

「………そのまま寝るなよ、せめて歯磨きはしないと」

『親みたいで嫌だーー』

「今となっては友達兼親みたいな所あるだろ」

『…………ねぇ…〇〇?』

「ん?」

『ちょっと隣来てよ』

そういえば、この間七瀬の浴衣を見た時、僕は七瀬を満足出来るような返答は出来たのだろうか。

機嫌を取るような返答ではなく、誰もが正解と言えるような、至高の言葉を。

「………はいはい」


二つの布団の上に跨いで寝ている七瀬に向かって、汚すなと言うべきかもしれなかったが、今は僕も汚したくなっていた。

「こうすりゃいい?」

『うん………はぁ、幸せ』

「そうだな、こんな贅沢を高2で経験してるんだから」


『そうじゃなくて………』

夜風は厭悪の険しい色を、僕らにゆっくりと堕としていく。

『〇〇がこの島に来てくれて、なな幸せ』

誰がこの人生を決めたのか。恐らく十中八九僕と答えるのが正しいだろう。この島に来る選択も七瀬と住む選択も一実と出会う選択も。

僕らは進んで自らこの運命を作った。


華は枯れるしか未来がない。

『〇〇と友達になれて、本当に幸せ』
そうならば人間も多分、同じだろう。

『〇〇、有難う』


「………今更なんだよ」

正直になることを辞めたのは、この日だけど過信しても僕は責められない。そう思うと一実に怒られそうだ。

だから僕は悟られないような強い語気で、逃げるしか方法はないと直感してしまった。


こうやって人間は涸れていくのか。吉報がけたたましく音が鳴り、高く頭上を通り過ぎる気がした。気がしただけで済んで良かったのかもしれない。

「僕もだよ、ありがとう七瀬」


『…………さぁ、もう一回風呂入ってこよう』

「あ、待って、僕も行きたい」

『女子は長湯なんでしょー待たないー』

「なんで急に憎たらしくなるんだ…」

恬淡な時間は僕らの気持ちをまた無理に押し上げる。この場合”敷衍”の方が格好良いのかもしれない。

ある意味負けた僕にとって、今形容できる言葉は、強く逞しい存在でなくてはならない。

そう願いながら、僕らの旅は汽笛を鳴らして。

「………旅が終わったね」

『毎年行きたいぐらい楽しかった』

「お金が貯まったらね。てか一実のお土産これで大丈夫かな?」

『何、ななのセンスじゃダメ?』


またこうやって僕は次の約束を作れる。

秋の終わりはまだまだ先だが、運命の糸口は早く創れそうと必定的に思える。


“一実、今から会えない?”


この日は長かった。


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