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短篇【身体が。】齋藤飛鳥

衝動的に生きていたのは、高校に上がって数日間経った春の平日まで。

何をするにも後先考えず、楽しく呼吸をしては体を迸らせていたあの頃が懐かしいと思うようになる。

彼にはいつも頼っていた。ツンデレだとか小悪魔だとか、偏見で固められた言葉が周りに添えられても、彼だけは私を見ていた。


いや、実際は見ていたのは私の方かもしれない。彼はただ、純粋に目の前にある酸素を取り入れて二酸化炭素を吐き出す仕草を繰り返していただけ。

目紛しいほど愛に熱くなるような想いなど微塵もないまま、彼の手はまた私の頭をゆっくり撫でていく。

私の口角が少しだけ上がる瞬間、「あれ、照れてる?」って言う。


でも私はあの日を境に素直が嫌いになった。

まだ皮のついた剥く前の林檎でさえ、そこにあるのはただの食べれる林檎なのに。周りの人たちは表面で毛嫌いする。

だから私は隠れるように生きた。


そのようにして生きる心地も案外良くて、悪童の道を無邪気に走りそうになった私は思いのまま、学校に行かなくなった。


「……今日も学校行かないの?」

『うん、つまらないからいいや』

今の私を見ても、拒否する理由など到底理解出来るわけはないだろう。ただの我儘だけで人生を逸れただけなのだから。


『……ねえ、〇〇は学校楽しい?』

例えば、理解出来る言葉が彼から帰ってきても、気持ちを変える事は恐らくないだろう。

「楽しいよ、周りのみんな優しいしクラスもいい雰囲気だからね」

私はただ話したかっただけだから。

『へー、あんな人たちのどこが良いのか分からないな』

「そんな言い方するなよ、折角の仲間なんだから」

『自動的に他人に操作された人の集まりに仲間意識を持つ事自体、私には理解出来ないけどね』

まるで旅に出るような言葉の棘は、薔薇の花弁さえ傷つけて行く。


“だからなんだ”って、一蹴してほしかった。

「……はぁ、飛鳥はどうしたいんだよ」

彼は立ち上がり、私の部屋のドアノブに手をかけた。多分、呆れて帰ろうとしているのだろう。この部屋の空気が無闇に入れ替わる瞬間に、私は久しぶりの衝動を吐き出した。

『え、もう帰るの?』

「うん」

助からない私はまだ助かろうとするのか。

『………もうちょっとだけ、いてよ……』

悪意の戯言を殺してほしかった。


————深呼吸をすれば、新しい世界が見える。


立ち止まっていた背中はこちらを向いて、私の目の前で添えてくれた。なだらかな斜面を降り落ちるように、私を見てくれた。

『下らないよね……』

「そうやって自分を責めるなよ、僕だって悲しくなる」

私の部屋のベッドは広い。私が体育座りしても心以上の隙間が自慢気に覆い、彼が右隣に座ると頼り難く沈んでいく。

「………大丈夫?」


『大丈夫だよ、大丈夫って言えるほどね』

「相変わらず飛鳥は皮肉が好きだな、素直に言えばいいのに」

『この醜さが私自身なの、前から知ってるでしょ?』

「僕が知ってる飛鳥は可愛くて、優しい女の子だよ」


夜の気流が迷っている。弱い塩梅に撫でられた風がつまらなく私たちを誘っては、その風に乗って私の指は彼を掴む。

「………寂しい?」

『うん………』

「やっと素直になったね、もっと近寄れば?」


『いいの?』

水面が揺れる。投石が産んだ泡は部屋中に蔓延しては、夜空に儚く消えていく。

—————そっと、彼が左肩を押す。


「ほらっ、こっちおいで」

涙なんか出ない。私は一人で悲しんでいるつもりもないし途方に暮れた深淵に身を沈めている訳でもない。

淡く煌びやかな絶望の夜に馴染む寂しさを好んでいるだけ。


堕ちた寂しさが私を覆い、その衝動のまま彼の身体を掴んで抱き着く。嗚咽するような畝りも重ねて、終わりのない希望の光を夢見る。


「必ず僕が近くにいるから、学校来れば?」

『………なんでそこまでしてくれるのよ』

「飛鳥だからだよ」

時を砕くような私たちの抱擁は、世界の端から端まで見据えて手を繋ぐ。


夜を蹴って、朝を燃やす。

やっぱり、私は〇〇が好きなんだな。称賛なんて出来るほど大層な想いでもない。ただ、単純に。

私は〇〇が好きなんだな。


『ねぇ…………学校行くからさ、毎朝一緒に行ってくれない?』

「いいよ、それで飛鳥が満足なら」

一生に一度の願いは、今使えばいいだろう。


そうやって、私は外に出た。


次の日から陽の光を浴びた。この時間から起きて少しだけ通っていた学舎にまた足を運ぶのは、案外新鮮で楽しいものだ。

隣には彼がいる。彼は私に向かって一所懸命に話を繋げる。無下に遇らう私も、段々笑けてくる。

教室はの手前は、やっぱり少しだけ怖気てくる。過去の仮面被った人たちはまだ瞼に張り付いて、脳裏から離れない。

でも彼が私の手を引いて、踏み出す。

そこからは早かった。気の迷いにも見える速度で寛容的な世界が広がり、私を優しく包むような人たちが多かった。

彼が放った”仲間”という人たちは、今まで見てきた光以上に暖かかった。


結局私は人生を間違えたのだろう。偏見に身を固めていたのは、教科書の誤字として処理する。そして新たに編集後記として恋愛について書こうと思う。

幼馴染への想い。滾るような真紅の友情が切実に彼を想っている。


私には彼がいる。そんな彼がつい最近、私の知らない女性を連れてきた。

『この子と付き合う事になったんだ、やっぱり飛鳥には言っておきたくて』


私は友情を信じた。
だからこそ、この気持ちは嫉妬と呼ぶべきだろう。


薄らと悲しんだ私は衝動的に”何か”した。


身体が勝手に。

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