短篇【煌めく流星の中で】小坂菜緒
光は瞬く間に消えていく、それは人との関係も同じで。
プラネタリウムの仕事は基本単純で、座席などの案内と受付業務と開演前と開演後に大きく動く以外に特にやることはない。
だから空いてる時間には子供と会話したり
中に入って星を観る事を許されていた。
そんな緩い仕事を大学に入ってから2年ほど
無心にやり続けている。今までこの仕事が惹きつける力が理解出来なかった。
そんな中いつもの”常連さん”が来る、
いつもの時間に。
少し不本意な笑顔で接客する私に
「あの、すみません…」
柔らかに話しかける”いつもの人”
『いらっしゃいませ、お一人様ですか?』
「はい…この後の回をお願いします」
『お席はいつも通りの場所でよろしいですか?』
「あ……覚えてくれたんですね…笑」
『毎週同じ時間から来てるのを目にするので自然と覚えました…』
「なんか恥ずかしいですね、ありがとうございます」
『今日も2回観るんですか?』
「はい、そのつもりです」
『では2回目の同じような席にしますね』
「ありがとうございます…笑」
彼の席はいつも決まってる。最も周りを見渡せる入り口から1番遠い場所。プラネタリウムは1番手前に行く人が多いがそこからだと実は一定方向しか見えない。
『ではこちらが2回分のチケットでございます。上映が近くなったらアナウンスしますので、それまではこちらにある博物館をどうぞ』
隣接されている星の博物館の案内を終えて、常連さんはパンフレットを持って移動する。
数十分間の間、雑務をこなして私は内線用のマイクを持つ。
“間も無くプラネタリウムの部屋にて「星の展覧会」が始まります。チケットをお持ちの方は会場扉前までお集りください”
チャイムと同時に終わる仕事に安堵の表情が出て、そのまますぐ誘導が始まる。
お客さんたちがドアの前に集まってきたと同時にゆっくりとドアが開き、誘導が開始する。
『チケットに記載されている座席にお座り下さい』
200以上ある席に30人ほどが疎らに座り、全員座った事を確認すると外に出てドアを閉める。
ドアが閉まったの数秒後に上映の開始になった。誘導の仕事を終えた私は一息ついて、受付に戻る。
『よし……』
そして1時間ほどの上映が終わると
私は扉を開けて営業スマイルに片手に
『ありがとうございましたー』
と声をかけ会場に入る
お客様の忘れ物がないか確認しながら歩くと…
「すみません…」
『……何ですか?」
「明日もいますか?」
何故かその言葉の響きが頭に残り、数秒の間を空け、言葉が濁る。掻き分けて出て来た言葉を私は小悪魔的に物は試しに投げかけてみる。
『どうでしょうね、また会えたらいいですね』
その言葉を聞いて安心したような彼は
「わかりました、楽しみにしてます…笑」
そういうと2回目の上映を待つために、博物館へ再び行った。何故か動く鼓動に彼の足のリズムが合う。私は新しい感覚に抱かれながら2回目の上映のアナウンスをする。
少しマイクを持つ手が踊っていた。2回目の上映の間、口角が自然に上がり、仕事に妙に気合が入っていた。
そうして2回目の上映も終わり、気づいたら彼を探している私がいた。すると彼はそそくさと足早に消えて行くのが見えた。
少しだけ寂しかった気持ちが沸々と浮かんでくる。
星に囲まれた仕事で星に遊ばれた気持ちになった日はそのまま終わった。
次の日、三連勤の半ばという事実に足取りが重くなる。
いつも通り2時50分にタイムカードを切り、いつも通りの制服で受付に座る。今日の上映も5時からと7時からでそれまでの時間をデスクワークのように待つ。
上映直前までは客入りも乏しいため時を極める一方だった。昨日彼に言われた言葉が頭の中を巡り、少し覚束ない様子だったみたいだ
そんな気持ちを持った私に星をイメージするピアノサウンドが流れる店内は安らかになれる時間を与えてくれる。私は落ち着かない心を整理しながら、ちらちらと時計を気にする。
時計に短針が4の文字を指す頃、いつもの常連さんがいつも通りの格好で来る。
『いらっしゃいませ笑』
普段は作った少しの笑顔しか見せない私も心なしか溢れた笑顔で出迎える。
「どうも……笑」
彼も笑みを零しながら受付へと歩いてきた。
「いつもの席は空いてますか?」
『はい、2回とも空いてますよ笑』
「じゃあお願いします」
小慣れた雰囲気で少し胸が甘く、何か楽しかった。慣れたやり取りを終えると不思議と会話の流れが作られていく。
「そういえば小坂さんはおいくつなんですか?」
一瞬ネームプレートの存在を忘れていたが、その不自然を通り越して間髪入れず、
『21歳ですよ』
「じゃあ僕は22歳なので近いですね」
年齢が近いという事実に心の距離が急に近くなった気がした。その分心の高揚も彩深くなった。
そして1回目の上映のアナウンスと行い、誘導する。流れる人たちの列の中にいる彼の姿を見つけ、揚々とした顔を見て、微笑む。
すると段々と進むに連れて私に寄ってきた。そしてすれ違う瞬間、目線を合わせて
「星も貴方も綺麗ですね…」
と言ってきた。流れるような言葉に熱く輝いた彼を強く見ながら久し振りな気持ちに堕ちた。
その数秒後ドアが閉まり、上映し始める。彼の言われた綺麗の意味を安易に理解出来るほど冷静ではなかった。ただ体に残る言葉の余韻は
顔を火照らせ、笑みを生む。
その止め処なく出てくる喜の気分が体感上映中の時間を短くする。
1回目の上映が終わり、夜はそのまま会場内を散策する。何か話し掛けたい気持ちを抑えながら、彼からの次の言葉がないまま放置された気持ちをそのまま奥へ押し込み、何も考えず仕事をする。
「先程はすみません」
『いいえ、大丈夫ですよ』
少し進んだ間柄で
「なんか困らせるような事言って」
『大丈夫ですって、私は一応従業員なので』
「そうですか…」
何か詰まったような空気と歯痒い彼の歯切れの悪い言葉から、
「もし、明日もここに来れば貴方に会えますか?」
昨日と同じ言葉が流れた、何度目の高揚と場面で、
『どうでしょうね、それは私にも分かりません。でも星たちは同じ夜空にいますから、私たちも勝手に会えるのではないでしょうか?』
その言葉を聞いたからはまた笑み溢れる顔でその場を立ち去ってやった。私もそのまま何もなく今日が終わった
そして翌日、午後四時頃いつも通りに来た。
「あれ、今日はいないんだ…」
少し連続的に期待していた気持ちが沈みかけ、暗礁の顔をする。いつも通りに受付に行き、いつもの席を取る。
ただ違うのは人が変わっただけで、それだけの変化なのに少し気持ちが辛くなるのは何故だろう。
「今日は寂しいな」
その寂しさを隠すように博物館に入ると展示物を眺めている私服の彼女がいた
『あっ、どうも笑』
僕は驚きをそのままに
「今日仕事じゃないんですか?」
と少し声を大きめに言う
『今日は早番なので…」
綺麗に彼女は微笑む
『初めてですよ、仕事場に仕事以外でいるのは』
皮肉を楽しみながら彼女に言われて
「そうですか、なんか申し訳ないですね…」
シュンと消えた寂しさを焦がるように今度は小さく発する。
『大丈夫ですよ、今日は私の意思なので』
彼女はいつもの小悪魔のように
『それより私も一緒に観ていいですか?もう席は取ってますけど』
僕に2枚チケットを見せながら肩が当たる距離まで近寄ってくる。
僕は隠しきれない気持ちを表情に出して
「はい…喜んで!」
そして上映までの時間は博物館を見て回った。
いつも見ている内容よりも隣にいる彼女の雰囲気がより濃い時間を生んだ。僕よりも詳しい彼女との有り得ない日常会話が止め処なく心地いい。
そして時が進み、いつもの彼の席を待ち侘びていた距離で座る。肩がジリジリと当たりながら少し薄暗い部屋の中で、私は少し緊張していた。
「大丈夫」
その声と同時に肘掛にかけていた手を何気なく被せる。不意に何か安心した私。その壮大な音楽と共に始まった星たちは悲しそうに美しかった。
巡りながら広大な海を泳ぐ星たちを囲まれた私たちは安堵に似た雰囲気で少し感動する。右手から伝わる暖かい温もりを尻目に彼を見てしまう。
それに気付いたら彼は
「小坂さん、大丈夫ですか…」
奇跡的に誰もいない会場内を小声で話し掛ける彼。
『こんなにも綺麗だったんですね、まだ何も知らないんだな』
詩人のような感想をつらつらと述べてしまう。
「知らない事は罪ではないですよ」
重ねた手からさらに伝わる振動を鼓動に乗せて
彼は問いに応えてくれた。優しく、易しく私に
『今だけ私の心の隣にいてくれますか?』
育った想いを星に乗せて、
「はい…」
彼は小さい一言だけを添えてくれた。
虎視眈々と流れる星たちの下で私は少し暖まる。解してくれる音楽に包まれながら私は目が霞むほど瞼を濡らした。
右手から伝わる彼の指輪の冷たさなど、忘れるように、時間も、嘘も、空間も無くなるように。
この煌めく流星の中で……