短篇【Hello Everything】梅澤美波
隣の席にいる私は彼が好きみたいだ。
彼の長い前髪は切りたくなるけど、先生に指されると驚くほど狼狽して戸惑うけど、運動は手を抜くけど、根暗と噂されてるけど、
私にはそんなこと気にならないぐらい好きみたいだ。
彼はいつも細身の体から連なる二つの目で窓際の特権である空をみて、黄昏る。
蒼い空から流れる雲たちを隠す彼のシルエットもまた何かに収めたくなるぐらい素敵で、
その薄い目から黒い点が私を視覚で確保する時、不意にもドキッとしてしまう。
四時間目に映える柔い五月の空気から彼の靡く髪が私の視界を指摘して、殺風景に戻す。
私は先生の言う押し付けの歴史の教えに筆の調べをだらだらと、姿勢を正したくなる彼の背骨は時間が経つに連れて弱くなる。
時々刻々と正午に近づいていく。その短い間隔が空腹の妙を絶対値で見える。今日の昼御飯は手作りの弁当。それもまた妙で。
今度は期待のチャイムが鳴る。正午になると先生の言葉を切り離して一切の興味も無くなり、各々の希望を切り出す。
私は独りで楽しく、今日作った弁当を綺麗に崩れないように取り出す。
私独りの席が王国のように凛々しくて匂い立つ空気に飲まれながら、私は好物に箸を刺す。
衣の綺麗な肌色から二本の端をだらだらと、耳にいい音で作り映えが功をそうした。
そしてゆっくりと口に入れながら堪能、歯応えを感じてまた堪能、喉に入れて胃に落として減ったことに後悔して、また箸で選ぶ。
『いつも美味しそうに頬張るよね…笑』
突然現れた彼は口角の上がったすぐに喋れない無様な私にしゃがみながら話す。彼は彼自身の机を私の席と繋げて、二人になる。
『隣失礼するね…』
まだ喋れない私は口で手を覆い、流石に狼狽を隠せないが、終わりに近づく昼休みを堪能したくて、不十分ままに楽しむ。
『ゆっくり食べていいよ、僕もゆっくりしたいし』
無邪気に獲物を喰らう彼は私など目線を送ることもなく、購買から買ってきたであろうお粗末に近い菓子パンで頬を揺らす。
徐々に噛み締める歯並びから彼の幼心への興味も移り、私は箸を止めてしまう。その微動だにせずにいた私の気弱な姿に彼は影を動かす。
『食べないの?』
「……え」
『箸止まってるよ、食べないなら貰うね』
「あ……」
『……………美味い』
華奢な親指と長い人差し指が私の一軍を選び、天井まで伸びている陽に照らされている彼の口に陳列されていく。
私の驚愕も据え置きにして、無駄のない感想も添えてから私と同じように口角を上げていく。喉に通してからの言葉も私は待ち遠しい。
「……美味しい?」
『十分美味しいよ、これ梅さんが作ったの?』
「うん……料理好きなんだよね……」
『これ料亭なら2000円級だよね』
「それだと重荷過ぎて不味くなるよ」
『でもそれぐらい僕は好きよ…笑』
『毎日作ってるの?』
「うん、親には申し訳ないし単純に勉強がてら毎日作る方が一番効率いいんだよね」
『キャリアウーマン的な思考と向上心だね…笑』
「まだ高校生だけど…笑」
これが初めてぐらいの重鎮な会話だが、小慣れた空気感と急に縮まった間柄が一時間も満たない昼休みを初体験のような雰囲気に変える。
不本意な形ではあったが彼の好みの味で笑える時間が存在する状態に満腹を超えていく。そして勝手のお詫びに彼から普段好まない菓子パンを貰っても私は満足だった。
そして終了の鐘が鳴る時、
『最近さ、梅さんとよく目が合うよね』
「………そうかな」
しらばっくれる私の返答は外様のように冷たくあしらって逃げようとして、
王国を片付けながら
『僕の勘違いだったのかな、結構視線感じるんだよね』
「隣の席にいるから自然と視線合うんじゃないの?」
『うーんそうか…ならいいや……でも………』
一昨日の晩御飯がうる覚えのように、以前勉強した内容が虚のように、数年前あんなに親友と謳ってた友達と今では疎遠のように、
恋とは曖昧に生きているが、私はそれでもはっきりと生きている。
『梅さんと両想いなら嬉しいな』
目の奥に光る澄んだ黒から私を掴む肌色まで、全てに連結した軸のようにして、嘘のない張り替えた弦のように、
普段は弱いと思っていた彼から聞こえたのは、
私以上に強い、私の知らない言葉。
「………それはどういう意味?」
指されてもなお、狼狽せず
『告白だよ』
何故このタイミングで言うのか、クラスメイトたちに囲まれた状況と五時間目に待ち侘びた教室に響く五分前。徐々に危機に気付いて、喚く人たちの中にスポットが当たる私達。
勿論断らないよ、でも恥ずかしいから………