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『政治行動論 有権者は政治を変えられるのか』感想

有斐閣ストゥディア『政治学行動論』(2015)を読みました

月一で実施している友人たちとの読書会で、都知事選を前にして選んだこの本について都知事選の後に感想を言い合いました。

クローズドな会のため詳細については内緒ですが、都知事選を思いながらこの本を読んだ自分の感想をここに残しておきます。

有斐閣ストゥディアの本を読んだのはこれが初めてです。有斐閣社の本は過去に『何が投票率を高めるのか』を一冊だけ読んだことがあります。
思えばこちらも選挙に関する本ですね。

この本を読んでまず惹かれたのは「政治という言葉を聞いたとき、みなさんの頭の中には何が思い浮かぶだろうか」でした。──政治という言葉を聞いたとき、あなたは何を思い浮かべますか?

それは「首相」だったり、「国会議員」「政党」「官僚」「マスコミ」「選挙」といった言葉かもしれない。一方で、政治における最も重要なアクター(行為者)である「有権者」という言葉、つまり私たち自身を思い浮かべた人は少ないのではないだろうか。

続くこの文章を読んだ時、私は目から鱗が落ちる──というと大袈裟ですが、なるほどと息を呑みました。

私は二十歳になってから選挙には欠かさず行っています。近年の投票率やSNSでの体感を踏まえても、自分は他の同世代より政治について日常的にとらえ、考えている方の人間だと思っています。

そんな私ですが、「日本のような民主社会において政治の主役は私たち(有権者)」である、「自分たちが政治的決定の当事者である」という当たり前の自覚が持てていないことに、この文章を読んで気付いたのです。

選挙において、私はいわゆる野党側に投票することが殆どなのですが、そうして自分が投票した政党や候補者が落選したり、少ない議席数しか取れない現実を目にするうちに、自分が「民主社会における政治的決定の当事者である」なんてことを忘れてしまっていたな……と思ったのでした。

本書はこうも続きます。

本書では「政治とは誰が何をいつどのように獲得するかである(Politics is who gets what, when, and how)」(Lasswell 1936)と定義する。この定義から、政治とは「私たちにとって価値のあるものを、誰がどれくらい受け取るのかを何らかのルールに基づいて決めることだ」と言うこともできる。

インターネットで「政治」と調べると以下のように書かれています。

せい‐じ〔‐ヂ〕【政治】
1 主権者が、領土・人民を治めること。まつりごと。
2 ある社会の対立や利害を調整して社会全体を統合するとともに、社会の意思決定を行い、これを実現する作用。

政治(セイジ)とは? 意味や使い方 - コトバンク
(実は我が家に辞書がないのです……。改めて書くとお恥ずかしい)

私が漠然とイメージしていた「政治」とは、辞書に書かれている内容に近いです。高校までの教科書にも、辞書に近い内容が書かれているのではと思います。(なんせ「政治」について勉強するのは高校の「民法」の授業以来でして……)
辞書に書かれているような文章を読んでも、私の政治や社会のことを含めた実生活から「国を治めている」なんて実感はありません。それに比べて、この本に書かれている「政治とは」の定義は、比較的実感のともなう言葉です。
国民主権は日本国憲法の原則の一つである」と知識として知っていても、選挙に毎回足を運んでいても、大学を出て社会人になった私が、その当事者意識に改めて気付かされ腑に落ちたのは、この序章を読んだときでした。

前置きが長くなりました。そんなわけで、序章に少し胸を躍らせながら私は本編を読み進めたのでした。


この本は私たちの住む日本が、そして現代の多くの国が採用している代表民主制の政治に関する本です。
国民が自らの意見を代表してくれる政治家を選挙で選ぶ代表民主制では、政治家が有権者の意見(≒民意)をどれだけ反映しているかを確かめる必要があります。本ではこの判断を政治応答性と説明しています。国民が選挙に行き、多くの有権者に選ばれた政治家が民意を反映した政策を実行すれば、政治応答性が高いと言える、ということです。

では有権者は、その政治応答性を確かめるために、そして政治応答性を維持するために、何をする必要があるのでしょうか。

その問いに答える、有権者の政治的な行動について書いているのがこの本です。本ではさらに有権者の行動やその結果についての問いを7つに細分化して説明しています。

  1. 有権者の意見の中身について
    現代社会におけるいくつかの政策の争点について、有権者はどんな意見を持っているのか、また有権者の間に意見の違いがあるとすればそれはなぜか。

  2. 有権者の政治知識について
    有権者の政治に関する知識量はどれくらいなのか。有権者の間で知識量に差はあるのか。

  3. 有権者が政策への賛否や投票先の候補者を決める方法について
    有権者は限られた知識の中でどうやって投票する政策や政治家を選ぶのか。

  4. 選挙での投票参加について
    投票に参加する有権者に傾向はあるのか。その理由とは。

  5. 選挙での投票選択について
    政党や政治家を比較する際に、有権者は何を基準にするのだろうか。それらに関する情報をどこから入手しているのか。

  6. 政策応答性の程度について
    民意と政策の間に強いつながりは本当に見られるのだろうか。

  7. 選挙制度について
    少数派の有権者に対する民意を確保するための選挙制度は存在するのか。また、存在するとすればそれはいったいどのような制度なのか。

本書は上記7つの問いを、三部構成にまとめながら説明を行います。

第一部では有権者の意見の集合体である民意の実態についてです。
さまざまな政策に関する民意の分布や有権者の知識量を比較しながら、有権者が意思決定をする上で党派性やイデオロギーをヒントにしているのではということについて解説します。各章で前述した1〜3の問いを扱っています。

第二部は選挙における有権者の行動について。
質問のうち4と5に着目し、投票に参加する(/しない)有権者の特徴や、投票に参加する有権者が政治応答性の高い政党や政治家をどのように選出しているのか、またその情報をどうやって入手しているのかについて説明します。

第三部は民意と政策のつながりについてです。
最後の二つ、6と7の質問について考えながら、景気や経済政策がどれだけ有権者の関心の的であるか、また政府は何をすることで与党の政治応答性が高いと示そうとするのかということを、選挙制度の説明と共に行います。

最初の方で改まって書きませんでしたが、本書は大学生向けの教科書として刊行されているシリーズです。そのため最初の方に書いたような「知識として知っているが体感として身についていなかったこと」の他にも「生活を通してなんとなく把握していたが知識として理解していなかったこと」についての学びと理解が多い本でした。

特に印象的だったのが、第二章にも関連することですが、自分は日常的に政治に関心を持っているにもかかわらず、実質的な政治に関する知識は高くない(というか相当低い)ということの発見でした。そしてそれらを補っているのが、まさに第三章で書かれていた党派性やイデオロギーをヒントにして、自分が政治的な意思決定を行なっているという点です。

また、第二部で書かれる有権者の行動について、有権者が投票することで得られる利益と、投票所に足を運ぶコストを比較して「コストの方が大きいと感じる有権者は棄権する」と端的に書いている点も印象的でした。
選挙期間が近づくにつれ、私がSNSで目にするのは選挙に関心のある人たちの投稿、「選挙に行った」などの投票を促す投稿です。それらを見ていて感じるのは、投票というのは私たちが長年かけて手にした権利で、それらを手放してはいけない。棄権せず、民意をしっかり伝えていかなければならない(そうすれば社会はより良い方向へと変わっていくはず)という切実さです。その切実さを抱える人々の中にもちろん私自身も包括しています。
しかし選挙の当日、投票結果が明らかになってひたを開けてみたらどうでしょう。国政選挙の多くは多くは投票率55%を前後し、半数をかろうじて超える程度の国民しか選挙に参加していません。加えて、先述したように野党に投票する私は自分の投票した政党、候補者が立候補することが稀なのです。毎回選挙前に意気込んで、投票結果を見て自分がいかにフィルターバブルの中に収まっていたかを痛感して消沈する──ということを懲りずに繰り返しているわけですが、当然の事実として投票するメリットよりもコストが上回れば国民は投票に行かないのです。
その気持ちの是非はさておき「投票に行くのは国民に与えられた当然の権利で、むしろ義務ぐらいに捉えるべき」と自分が強く考えていたことがいかに世間とギャップのあることなのか、そしてそのギャップの先には、どのような人たちが存在しているのか、改めて冷静に考えることのできた章立てでした。
また、第二部の投票のコストについては『何が投票率を高めるのか』に書かれている内容もあり、情報の確実性を得る瞬間もありました。

第三部については第一部と似たような感想になりますが、有権者の民意をに対する政府や与党の影響について、日本で採用されている選挙制度について非常に勉強になった章立てでした。
特に学びが多かったのは、投票結果を始めとする民意を政府や与党がどのように受け止めているのか、そしてその応答性の高さを示すためにどのようなアプローチを行うのかという説明です。
有権者の多くは政府が良い経済状態を実現することを望み、景気が良い時には与党に投票し、景気が悪い時には野党に投票する傾向があると言います。
そしてそのことをしている与党は、有権者に応答性の高さを示すために、選挙期間前に景気対策を行い、一時的に景気を良くしようとする動機を持つのだと言うのです。
しかし、限られた知識量とコストの中で政治的な意思決定を行う有権者は、与党が主張する経済実績が本当か否か判断することはできません。そのような与党と有権者の間に情報の非対称性がある中で、どうすれば有権者が効果的な情報を得ることができるのか、どういった情報がヒントになり得るのかということが書かれているのが第三部でした。

本を読んでいて意外にも気が楽になると思える部分があって、それは「有権者は忙しい生活の限りある時間の中で投票のための労力や時間のコストを求められている」「有権者の政治的な知識は限られている上に格差も存在する」「投票に行くメリットよりもコストの方が大きいと感じれば有権者は棄権する」という点が当たり前に書かれていることでした。

「みんなもっと政治に関心を持つべき」「選挙は投票に行くのが当たり前」というのは私も強く思うことですが、一方で自分の無知に対するコンプレックスや自分と同じ価値観や知識量を他者に求めてしまうプレッシャーを上手くコントロールできずに悩むことがあります。身近な人と政治の話がしづらい、タブー視されている状態も、そのような他者への理想の高さから来るのでは、と思い悩むこともあります。

この本は、そんな「有権者自身はもっと政治に関心を払うべき」という点について(もちろん否定はしていませんが)「あまり現実的な解決策とはならない可能性が高い」と言いながら、有権者が応答性の高い政党や候補者を選び出して投票するために必要な最低限のヒントを提示してくれています。その語り口は私の無知を否定しないと同時に、投票率の低さや社会の政治への関心のなさ(と私が感じているもの)に対する新しい視座を見せてくれたような気がしました。


もう少し、自分が本を読みながら調べて「なるほど〜!」と思ったことがいくつかあったのですがそれなりの文字数になってきたので割愛します。元気があったら付け足します。

途中で書いた通り、この本は有斐閣ストゥディアの大学生向け教科書です。

2015年の発刊なので、統計情報などは多少古いなと思う描写もありますが、読み進めるうちに体系的な知識量とその有用性の方が優れていると感じました。

むしろ、十年前の統計情報であると理解した上で本書を読み、十年経った現代の経済状況は、どのような政策が争点となっているのか、自ら情報を取得していき(その入手先を探して広げていき)、日常生活を送る上での限られた時間と知識量でどのような政治行動を行うことが最善かを考えることに意義があると思えます。
そして、そういうことを期待して書かれている本だとも思いました。

社会人になって、個人的な興味で教科書を読むという初めての経験をしました。
でも非常に読み応えがあっておもしろく、勉強になる本でした!

おすすめです!!!

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