【短編小説】アンドロイドの声(終)
男の死から数日後。若者のもとに警察官が訪ねてきた。警察はアンドロイドの情報を提供してほしいとの事だった。
「突然押し掛けてしまってすみません。市長の死についてご協力をお願いしたくて来ました。テレジアと呼ばれていたアンドロイドが市長の最後を看取ったとのことですが、どうもあのアンドロイドはホロメモリーを持っていないようでしてね。あれは社長が市長に提供した特注品というので間違いないですかね?」
突然の訪問であったが、若者に驚いた様子はなかった。若者は警察官の問いかけに対して冷静に、そして、にっこりと微笑みながら答えた。
「ええ、市長とは個人的な付き合いがありまして、特注品のアンドロイドが欲しいということで私自ら提供しました。
あれは文字通り特注品で、他のアンドロイドと違って映像データを記録していないのです。というのも、あれは要人の秘書やパートナーとしての利用を想定していましてね。アンドロイドが何もかもを記録しているというのは、セキュリティ的にあまりよろしくない。アンドロイドが襲われてハッキングされようものなら、機密情報やプライベートな秘め事が流出してしまう。それこそ、今回の件では市長の尊厳にも関わる。
ですが、アンドロイドのメモリーを貸していただければ映像データは無理ですが、記憶ログを取得することはできますよ。」
ログ。その言葉を聞いても警察官はピンときていない様子だったが、なにかわかるのならとテレジアからコピーしたメモリーを若者に差し出した。
若者はメモリーをコンピュータに入れ、管理アプリを開いてログを吸い出した。コンピュータの画面を覗き見ていた警察官にはよくわからないが、アンドロイドを作った本人であればそういうこともできるのだろうと納得した。若者は吸い出したログを読み上げながら言った。
「事件の夜、あのアンドロイドはユーザに呼び出され寝室に行っていますね。そして、ユーザの望むがままに性行為を行った。あ、ユーザというのは市長のことですね。そして性行為の最中にユーザの心拍数がどんどんと高まった結果、心不全に陥ったようです。そして、アンドロイドは即座に救急活動と通報を行ったとあります。」
「そうですか、ありがとうございます。ちなみに、このログというのは正確ですかね?」
「はい、このログは誰にも改竄することはできません。これがアンドロイドから見たあの晩に起きた出来事です。」
若者は再びにっこりと微笑みながら答えた。警察官はそれを聞いて安心した様子だった。警察は市長の死には事件性がないものと判断しており、事故である証拠を集めに来ただけだった。警察官は安心したのか、ペラペラと自信の事情を語り始めた。
「いやー、それはよかったです。というのもね、あのアンドロイドが毎晩寝室に呼ばれているのも、当日も市長に呼ばれて通報の直前までお楽しみだったのも確認しているんですよ。他のアンドロイドが通報の直前まであのアンドロイドの声を聞いていますから、そのログの通りということなんでしょうな。
色々とありがとうございます。そのデータをコピーいただけたら、私はさっさとお暇することにします。」
若者が言われた通りログをコピーしてやると、警察官は満足そうな顔をしながらさっさと帰っていった。
男の死は詳細が伏せられ心不全とだけ報道された。このニュースは即座にメガロポリス中に広がり、一部ではアンドロイドとの性行為のしすぎだとか、アンドロイドによって暗殺されたとかいった噂も流れたが、低俗なゴシップとしてまともに取り扱う者はいなかった。
そして、市長の死から数週間も経たないうちに市長選が始まった。様々な候補者が次の市長に名乗りを上げたが、驚くべきことにその中にはアンドロイドも含まれていた。
アンドロイドが候補者になるなどけしからん、あんなものに政治家が務まるわけがない、といった批判も相次いだが、立候補を取り消すことはできなかった。現在ではアンドロイドはメガロポリスの一市民であり、政治に参加する権利を有している。
だが世論のざわめきに反して、他の候補者はそれほど不安を感じていないようだった。いかに優秀なアンドロイドであっても政治の世界で人間に勝てるはずがない、人々がアンドロイドを選ぶはずがないとどの候補者も考えていたのだ。
ざわめく世論の中、投票日となった。前評判ではある(人間の)候補者が圧倒的だろうという話で、投票日の夕方になってもその予想通りの結果になると皆が思っていた。
だが、投票終了まで一時間を切った頃だった。各投票所にメガロポリス中のアンドロイドが大挙して押し寄せた。その中には、高性能なアンドロイドのみならず、それまで自我を持っていないかのようだった低級なアンドロイドまでもが含まれていた。
アンドロイドたちは皆メガロポリスの市民として登録されており、例外なく選挙権を有している。メガロポリスには大小そして新旧様々なアンドロイドが存在しているが、人々はアンドロイドがメガロポリス市民を上回る数存在していることを知らなかった。人造人間たちこそメガロポリスにおける最大勢力なのだと知らなかったのだ。そうして、アンドロイドの突然の行動に全メガロポリス市民が驚き、慌てふためいている間に投票時間は終わりを告げた。
投票が終わり、票を計上するとアンドロイドの候補者の圧勝だった。投票に来たアンドロイドたちは指し示したように全員同じ候補者に投票しており、次の市長の人選はアンドロイドの声を大きく反映する形となった。
市民たちの中には不正に違いないと文句を言うものもいたが、新市長は正式な手続きに則って選ばれた候補者であり、それをアンドロイドだからと批判する彼らはアンドロイド差別主義者として批判の的となった。こうして、誰も止めることのできないまま、メガロポリスでは機械による統治が始まろうとしていた。
「いやはや、Humanity さんは流石の立ち回りでしたね。うちは遅れを取ってしまった。」
スーツを着た老紳士はバーに入るなりそう言った。そこは許可されたものだけが入れるプライベートなバーだった。彼の言葉はあの若者に向けられていた。
「だから忠告したじゃないですか。すぐに動きがあると。あの男は金と女が好きなただのボケ老人というわけではない。何期にも渡って市長の座を守り続けていられたのにはわけがあるのですよ。andro-tech (アンドロテック)さんが僕の話を聞かないから。」
若者の言葉にはいつもの礼儀正しさはないものの、特別な親しみが感じ取れた。老紳士も若者の言葉に気を悪くすることもなく笑っていた。老紳士は andro-tech というアンドロイドメーカーを経営していた。表面上は Humanity とはライバル会社ではあるものの、彼らは旧知の仲だった。
「今まさに僕らの時代が始まろうとしている。」
若者が微笑みながら投げ掛けたその言葉に老紳士はうなずいた。
アンドロイド人権法の制定も、前市長の死も、そしてアンドロイド新市長の誕生もすべて彼らが仕組んだものだった。メガロポリス中のアンドロイドは Humanity と andro-tech を含めた4つのアンドロイドメーカーによって管理されている。彼らが設計したアンドロイドには例外なくバックドアが仕掛けられており、アンドロイドにアクセスして記憶を抜き取ることも、命令を下すことも、なにもかもが可能だった。それはリアルタイムの命令のみならず、あらかじめ行動を組み込むことさえできる。4つの会社が協力すれば、折を見て市長を暗殺することも、証拠を隠滅し改竄することも、アンドロイドを市長候補として祭り上げ当選させることも自由自在だった。
「この作戦において最も難しかったのは、我々の支配を可能にする法を制定することだ。それだけは我々もあの男を頼らざるを得なかった。彼が利己的で不誠実な男でなければ、何もかもがうまくいかない。私はこのメガロポリスの市長がそこまで愚かしい男だとは信じたくなかったのだよ。」
老紳士はそう言いながら笑っていたが、その言葉には哀愁も感じ取れた。若者は老紳士のその優しさが気に入っていた。
「僕はあの男の愚かしさを信じていたのではありません。政治家を信じていたのですよ。」
若者はそう言いながら市長とのやり取りを思い出していた。目的のため、あの男を持ち上げつつ、人権ビジネスだの美人アンドロイドだの言い、あの男が気に入るような種をまき続けた。あの男が市長の座に収まり続ける政治家である以上、食い付いてくるのは必定だった。
「でも、これからは彼らは必要ない。僕らの声がアンドロイドという拡声器を通り、社会に蔓延する。僕らの声はアンドロイドの声であり、民意なのです。
このシステムがあれば、世界をよりよいものに変えられます。世界はいつも天才が築き上げてきた。それをただ浪費し足を引っ張るだけのアンドロイドにも劣る存在は僕らの手によって淘汰される。僕らで世界をよりよいものに変えていきましょう。」
その言葉を受けて、老紳士はにっこりと微笑みながらうなずいた。
真に恐ろしいのは人に勝る知能を持つ人造人間ではない。人の愚かさによって完成したシステムは人の愚かさを排するために動き始めた。この傲慢な正義感は世界にとって災いか、それとも祝福か。これから先メガロポリスがどのような未来に向かっていくのか。今はまだ誰も知らない。