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【ショートショート】発音税

あるところに小さな国があった。そこには長いあいだ、不気味なほどの沈黙が漂っていた。というのも、この国では、ほんのわずかな音でも立てれば「発音税」の名目で重い税金を課せられるからである。

国の支配者たちは「街の品位向上」をお題目に掲げてはいたが、実際には財源確保が目的であることは誰の目にも明らかだった。彼らは不要な建築物や無意味な政策に税金を注ぎ込み、そのたびに関係者からキックバックを受け取って私腹を肥やしていた。したがって、多額の税を徴収しても庶民の暮らしに還元されることは一切ない。やがてこの不合理な制度に嫌気がさす者は増えたものの、声を上げれば途端に課税されるのは明白で、誰もが身動きできなかった。

国中には「音量計」と呼ばれる装置が至るところに設置されている。黒ずんだ柱のような本体に針が取り付けられ、ほんの物音ひとつでも感知して大きく震えれば、その瞬間に発音税が決まる仕組みだ。支払いができなければ罰則も免れない。人々は筆談と身振り手振りでかろうじて意思を伝え合うしかなく、自然と街全体が重苦しい静寂に包まれていた。

ところが、税収は思うように伸びていなかった。住民が声を出さなければ、そもそも課税できないからである。そこで役人たちは監視をさらに厳しくし、落ち葉を掃く音やドアの軋む音にまで新たに税をかける案を検討していた。そんな息苦しい国の大都市の片隅に、国いちばんの大樹がそびえ立っている。樹齢千年とも噂され、街のどこからでも見上げられるほど巨大で、「人の声を聞き、人の言葉を話す木」として語り継がれていた。

ある晩、ひとりの若者がその大樹の幹に拳大の穴が開いているのを見つける。穴は底が見えないほど深く、若者は声を吹き込んでみたが、その音は虚空へ吸い込まれ外に漏れもしなかった。そこで若者は夜ごと足を運び、穴へ向けて鬱憤を晴らすかのように声を吹き込み始めた。声が外へ漏れないため、万が一見つかっても重税を課されずに済むのだ。

夜の闇に紛れて声を注ぎ込む若者の姿は、まるで密やかな儀式のようだった。それを見かけた者たちは不思議に思い、やがて噂が瞬く間に広がる。すると他の住民も続々とその穴に声を吹き込むようになった。書き記すだけでは収まりきらない胸の内を、唄の断片や笑うに至らぬ嘆きとして大樹へ注ぎ込む人々――税への恐怖と鬱屈が混じった思いが、夜ごと闇の中へ溶けていく。

ところが満月の晩、大樹はついに限界を迎えた。とある住民が声を吹き込んだ瞬間、幹が激しく震え、無数の葉がいっせいに鳴り始める。そして、これまで吸い込み続けた無数の嘆きや叫びを一気に解放したのだ。街は突如として巨大な音の奔流に包まれ、普段なら聞こえないはずの囁きや恨み言までが混濁した波となって駆け巡る。音量計の針は振り切れ、装置の多くが故障してしまった。

この騒ぎを受け、住民たちは「この騒音分の税金はどうなるのだ」と不安に思った。この膨大な音の責任を負わされたら一人ひとりが全財産を投げ出しても足りないかもしれない。そう考えて青ざめる人々だったが、翌朝になっても役所の職員は姿を見せず、街中の音量計はいずれも壊れて使い物にならなくなっていた。人々は動揺しつつも、これで発音税を免れそうだと胸をなでおろした。

やがてあちこちで小声が交わされるようになると、会話が徐々に広がり、笑い声や怒声まで聞こえはじめた。昼下がりの市場からは、人々の呼び声が飛び交い、長く抑えつけられていた活気が一気に噴き出している。久方ぶりの喧騒を楽しむ者もいれば、大声を出すことに慣れず戸惑う者もいる。そんな様子を見ていた国の権力者たちは頭を抱えていた。税が取れなければ、自分たちの豪勢な暮らしができなくなる。そこで彼らは新たな方策をひねり出す。

ほどなくして広場に居並んだ役人たちは「沈黙税」の導入を発表した。その建前は「会話を促し、国民の幸福を追求するため」というが、実態は設備のいらない新たな集金手段にすぎない。今度は黙っている者に罰金を科すことで、より容易く税を取り立てられるという発想だ。こうして声を出せば課税される時代から、声を出さなければ課税される時代へと移り変わったのである。

街はたちまち混乱に陥る。「批判したいから声を上げているのか、それとも課税を逃れるために喋りつづけているのか」――誰もが自分の立ち位置を見失い、広場では国を批判したい者とただ話し続けるだけの者が入り乱れて口論が絶えない。そこへ国の職員が現れては、職務を全うするふりをしながら自分たちも課税されぬよう答弁しようとするが、状況は一向に整理できない。

そんな騒ぎの中で、ある者が叫んだ。

「つい先日までは黙っていないと税金を取ると言っていたのに、今度は黙っていたら税金を取るだなんて……こんなにおかしなことがあるか!」

国の職員たちは汗をかきながら言い繕うが、それでも自らの矛盾に気づいているのか、次第に目をそらしはじめる。とはいえ、こう答えざるを得ないのだ。

「いえいえ、私たちは最初からお金が欲しいだけなのですから、実に合理的な新制度なのです」

——結局、人々が声を上げても黙っていても、権力者はいつでも別の理由を持ち出し、かならず税を取り立てる。世の理不尽とは、常にこんなふうに“もっともらしいお題目”を掲げてやってくるのかもしれない。

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