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【短編小説】アンドロイドの声(4)


「歴史的な瞬間です。本日、メガロポリス議会でアンドロイド人権法案が可決されました。この時をもって、アンドロイドに人権が認められます。アンドロイドたちはこのメガロポリスで生きる一人の人間として認められたのです。メガロポリスでは至るところで喜ぶアンドロイドの姿が見受けられます。この件に関して、何人かのアンドロイドが番組の取材に応じてくれており……。」

ニュースでは朝から晩までアンドロイド人権法のことばかり流れている。この憲法制定の立役者である男は市長室で満足そうにニュースを見ていた。自分の成果が大々的に報じられるとなんとも言えぬ達成感がある。男が悦に浸っていると、部屋にあの若者が訪ねてきた。あの美人アンドロイドも一緒である。

「どのニュースも今は人権法一色ですね。ニュースを見ていると、立案者の議員とそれをサポートした市長の素晴らしさを称える内容も多く見受けられます。私も今回の件で市長の仕事振りを拝見させていただきましたが、非常に勉強になりました。」

「世辞はよせ。賛同ばかりではないことを私とて知っている。住民の中にはとんでもないことをしてくれたと我々に怒りをあらわにする者もいると聞いている。とはいえ、私にはそんなことどうだっていいんだ。私は他でもない君の頼みを聞いただけなのだからね。」

「ええ、本当にありがとうございます。私が初めて市長にお会いしてからたった一年で事が成ろうとは。本当に素晴らしい手腕でした。あなたにこの件をお願いしてよかった。」

「たった一年か。私にはとても長かったよ。」

男はそう言いながら若者の後ろに立つアンドロイドを見た。アンドロイドも男を熱っぽく見つめている。このアンドロイドに会うのはこれで何度目かわからないが、見るたびにその美しさに引き込まれる。先ほどまでは自分の仕事に深い達成感を感じていたのに、今では彼女が自分の物になるのだという事実の方が嬉しく、人権法制定の達成感が霞んで見える。

男はいつまでも彼女を眺めていたかったが、この部屋には若者もいることを思い出し、ごまかすように話を振った。

「それで、アンドロイドが人権を獲得した今、君の望みは叶うのかね?やはり君の仕事に支障がでるのではないかと懸念しているのだが。」

「いえ、市長のおかげでわが社はよりよい方向に進むことができます。わが社は昨年から人権法制定後のことを考えて動いてきましたので、今ではアンドロイド擁護派としての地位を確立しています。他社は経営スタイルの転換を求められ今ごろ大慌てでしょうが、我々はなんの問題もありません。我々はこのメガロポリスにおいては、今後はアンドロイドを販売するのではなく、アンドロイドの労働力を貸与する形でビジネスを展開していくつもりです。形上はアンドロイドに給料を支払う必要がありますが、帳簿上の数字の移動でしかありません。それに……。」

「いや、いい。詳しいことはよくわからないが、君が問題ないというならそうなのだろう。」

男は若者の言葉を遮るように言った。若者も男が興味のないことを察し、報酬の件へと話を移した。

「それで市長への報酬ですが、もし市長が同意いただけるのなら、褒賞金の方はこちらで洗浄してからお渡ししようと思います。TA-901に関してもお約束通り譲渡いたします。市長さえよければ、こちらは本日から市長のもとに置いていただく所存です。」

若者の言葉を受け、アンドロイドが一歩前に出た。アンドロイドがすぐに手に入るのなら、褒賞金の話などどうでもよい。男は「それで構わん」と冷静を装いながら言った。

「市長、本日からよろしくお願いいたします。」

男の言葉を聞き、アンドロイドが深々とお辞儀しながら言った。その声までもが美しく、鈴の音のように透き通っていた。


『アンドロイドの声』が放映されてから、アンドロイドの人権を認めるべきかどうか、メガロポリス中で話題となった。そんなことは絶対に認められないという反対派もいて、アンドロイドがただの機械であることをアピールするようにアンドロイドを襲撃する事件が相次いだ。だが、この感情的な破壊は逆効果で、中立派の感情を刺激する形になった。男はこのニュースと世論の動きを見てニヤニヤと笑っていたが、その実、この事件の大半は男が仕組んだものであった。

そのように議会にアンドロイド人権法案が提出されても怪しくないよう下準備してから、満を持して法案が提出された。法案を提出した議員もそれを擁護する議員も、みな男の手の内の者ばかりであり、徹頭徹尾すべてが仕組まれていた。そうして、法案は可決され、予定調和の結末を迎える形となった。

この一件ではかなりの額のお金が裏で動いており、男も、出資者である Humanity も、それを受け取った議員たちも誰もが満足していた。今後、将来にわたり、何も知らないメガロポリスの住民たちが苦しみを味わうことになろうと、彼らは満足していたのだった。


男はアンドロイドに『テレジア』と名付け、家に連れて帰った。そして、あらかじめ用意していたドレスを着させ、自分の寝室へと呼んだ。寝室へとやってきたテレジアはその美しい身体で男の劣情を受けとめ続けた。

そうして、人権法制定から半年が経った。テレジアがやってきてから、毎晩、男の寝室からテレジアの嬌声が聞こえてくる。それまではその日の気分で寝室に呼ぶアンドロイドを変えていたのだが、そのようなことは一切なくなった。

「他のアンドロイドを抱かないでほしいとテレジアに嫉妬されて困っているんだ」というのが、男の言い分だった。特注品のアンドロイドは欲望を叶える道具に甘んじることなく、男の心を独占し離さない存在になっていた。

ある夜のこと。この日も男に呼ばれたテレジアは寝室に入ると美しいドレスを艶かしく脱ぎ捨て、ベッドに横になった。男はテレジアの裸をしばらくをニヤニヤと眺めた後、興奮した様子でテレジアに覆い被さった。テレジアは男をもっと興奮させようと、喘ぎながら男を見上げていた。そして、一心不乱に腰を動かし続ける男の首筋に腕を巻きつけた。

男の性欲をその身に受けながら、テレジアは首筋に巻きつけた腕を通して心拍数をモニタリングしていた。動きが激しくなるにつれ、男の心拍数はどんどんと上がっていく。100、110、120......。そして、心拍数が 130 を迎えた瞬間、テレジアは男の頭をガッと引き寄せた。そうして、男の頭を固定して、人差し指の先から髪の毛よりも細い注射針を出し、男の首筋めがけて突き刺した。

男はいったい何が起きたのかわからず、ジタバタともがいていたが、一分ほど経つと大人しくなった。アンドロイドは注射針を引き抜いてから男の首筋に指先を当て、男の脈が止まっていることを確認した。

恐ろしいことに、アンドロイドは男を暗殺している間も、まだ性行為の最中であるかのように喘ぎ続けていた。そして、喘ぎ続けたまま、寝室に備え付けられている洗面所へと向かった。アンドロイドは洗面所で人差し指の先についている注射針と、指の下に埋まっている毒薬流して証拠を隠滅すると、再びベッドに戻った。

ベッドに戻ると、アンドロイドは男の脈に手を当てて、ただじっと男の顔を見つめていた。そして、男の心臓が止まって 6 分が経ったことを確認すると、喘ぐのを止め、救急車を呼ぶのだった。


続く


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