【ショートショート】理不尽な世界(2)
店は開店したばかりのようで、バーに入ると他に客はいなかった。
男はカウンターに座り、ウイスキーを注文した。注文を受けたバーのマスターはどのようなウイスキーが好みかと男に尋ねたが、男が食い気味に「なんでもいいから早くよこせ」と言うと、それ以上は話しかけてこなかった。
一杯のウイスキーを時間をかけてちびちびと飲んでいたため酔いは全く回らないし、イライラした気持ちも全然落ち着かない。誰かにこの気持ちを共有したいと思っていると、若い女性が二人店に入ってきた。彼女たちがカウンターに座ると、男は二人に近づいて話しかけた。
「実はちょうど話し相手を探していたんだ。一緒に飲もうよ。」
男の提案に女性たちは嫌な顔をしたが、男はそんなことには構わず、医師に話したのと同じように、この国や社会がどれほどダメかを女性たちに語って聞かせた。
「……ってことがあってね、全く社会ってのはどうしてこうも腐ってるんだろうね。君たちもがんばっても報われないこの社会は最悪だって思うだろう?」
この女性たちも社会の理不尽さに苦労しているに違いない。男は、自分よりも若い彼女たちはそういう存在なのだとすっかり思い込んでいる。
一方の女性たちは苦笑いをしながら男の話を聞き流していたものの、いつまでも意味のわからない不快な話を続けるこの男に腹が立ってきた。そして、とうとう我慢できなくなり一人が反論した。
「さっきから意味わからないことばかり言ってますけど、私はあなたと違ってちゃんと仕事をしているし、高給取りとは言わないけど、それでもこうやって友達と飲みに行ったり、彼氏と出かけたりするのに困らないだけのお金を自分で稼いでます。もし社会に不満を言うとするならば、働きもしないで他人に迷惑ばかりかけるあなたのような存在を養うために私たちの税金が使われていることですかね。」
男は女性の反論を受けて何も言えなかった。まさかこのような反論をされるとは思っていなかったし、自分がここまで言われる道理などないはずだ。
男が戸惑い固まっている間に、女性たちはさっさとお会計を済ませ店から出ていった。(実際のところは迷惑料だとしてマスターがお金を受け取らなかった。)
男は女性たちに気持ちよく講釈を垂れている間に落ち着いてきたイライラが、反論によってさらに高ぶってきた。女性たちがいなくなった後、男はやけになってウイスキーを更に何杯か飲みながら、「これだから女は…..」などとぶつぶつと独り言を呟いていた。
それからしばらく酒を飲んでいた男はお会計というときになってはたと気づいた。気の向くままに酒を飲んだが持ち合わせがない。
「こちらがお会計となります。」
マスターが提示した額は男の想像以上だった。もちろんそれは法外な値段ではないし、男が受けたサービスに対する妥当な額だったのだが、そもそもまともに仕事をしていないこの男にはバーでお酒を飲むのは文不相応な贅沢である。
「おい、ちょっとこれは高いんじゃないか?俺は酒を数杯飲んだだけだぞ。」
男は手持ちがないことに気づかれずに値段を下げようとしたが、
「払えないなら警察呼びますよ。」
と取りつく島もなかった。
(走って逃げれば、なんとかなるだろうか?)
男がどうしようかと考えていると、突然知らない紳士然とした男性が話しかけてきた。
「お会計をお願いします。それと彼の分も私が払いましょう。」
男はこの紳士の突然の登場に驚いた。彼が店にいたことにいままで気がついていなかったのだ。とはいえ、男はお金に困っていたし、マスターも払ってくれるのなら誰でもよかったので二人ともその言葉を受け入れた。
男と紳士は会計を済ませると一緒に店を出た。男が礼を言おうか言うまいか迷っていると、紳士が口を開いた。
「いやー、災難でしたね。でも、私はあなたは間違っていないと思いますよ。」
「え?」
何のことかわからず男が聞き返すと、紳士は微笑みながら答えた。
「この社会の理不尽さですよ。あの女性たちはあなたにひどいことを言いましたが、私はあなたに同意します。もしお時間よろしければ、少し散歩でもしませんか?」
男は少しばかり警戒したが、その紳士に促されるままついていった。この紳士は困ったところを助けてくれたどころか、自身の考えに同意してくれた。男にはそれが嬉しかったのだった。
「この国はいびつです。人々は機械による政治がどれほど誤っていても、疑うことなく結果を受け入れます。彼らにとってAIとは自身を育んでくれた親なのです。幼子が両親を神にも等しき存在だと思い込むのと同様に、彼らもAIを絶対的なものと思っている。」
紳士は男の横を歩きながらスラスラと言葉を紡いでいった。彼の言葉には知的な響きのみならず、深い情熱が感じられる。
「私はこの国を機械から解放し、人々の尊厳を取り戻したいのです。そして、それにはあなたのような人が必要です。」
紳士は立ち止まって男の顔をじっと見つめた。男はその迫力に押されながらも尋ねた。
「なんで俺なんだ?」
「あなたは幸運なことにAIによる支配を受けていない。あなたは先ほどの女性たちとの会話の中で学校に行けなかったと言っていましたね?いまやAIの支配は国中に浸透しています。それは学校教育も例外ではありません。みな、間接的にAIの洗脳、英才教育を受けることになる。
だから、学校に行けなかったあなたはこの国で数少ない選ばれし人間なのです。
もし私に協力をしてくれる気になれば、ここに電話してください。気が向いたらでOKです。ですが私はあなたを信じています。」
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