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【短編小説】アンドロイドの声(1)

あるところに男がいた。男は市長だった。

男は清廉潔白からは程遠く、その市政は汚職にまみれていた。もちろん最初からそうだったわけではない。志を持って政治の世界に飛び込み、少しでもこの社会を良くしようと努力をした。だが、権力を持つとそれを利用しようという人が近づいてくるものだ。男のもとにも例に漏れずそういう人間がやってきて、いつの間にか男自身がそれを歓迎するようになっていた。そして、一度黒く染まると抜け出すことができなくなった。男は頭を巡らし口を回して私腹を肥やしていった。甘い汁をすするため、表舞台では好好爺を演じ、あらゆる人間を騙す。そして、そんなことなどつゆ知らず(あるいは知った上で)市長のもとには助けを求める多くの人たちがやってきた。そして、もし彼らが賄賂をくれれば適当に理由をでっち上げて便宜を図り、賄賂がなければ適当に理由をでっち上げて断った。男はそうやって私腹を肥やしながらも、自分自身も市長であり続けるために賄賂をばらまき、結果として何期もこの市長の椅子を守り続けていた。

ある日、男のもとに一人の若者が訪ねてきた。若者と言っても30歳は過ぎているであろうが、それでもその倍の年齢もある市長からすれば若者に相違なかった。

「お初お目にかかります。私は Humanity (ヒューマニティ) という会社を経営しているものでして。本日は市長に相談があって参りました。」

「Humanity?あの大きなアンドロイドの会社か!」

その便利さからいまやアンドロイドを見ない日はない。アンドロイドは人類の生活を大きく変化させた。その若者はアンドロイド普及の立役者で、若くして成功を手にしていた。今ではアンドロイドを作っている会社はいくつか存在するが、業界を引っ張ってきた Humanity はどんな会社にも負けない勢いがあった。

「Humanity のアンドロイドはうちにも何台か置いているよ。手伝いロボットとして非常に優秀だ。しかも、最も人間らしくて一番相手をしていて楽しくてね。そのアンドロイドを作っている若き天才が今日は一体どのような用かな?」

男が若者に尋ねると、男はうやうやしくお辞儀をしながら言った。

「まさか、メガロポリスの市長にご愛顧いただき、称賛までいただけるとは光栄です。本日、市長のもとを伺ったのには理由がありまして。最近のアンドロイドの人権問題をご存じでしょうか?」

「あぁ、あの件か……。」

アンドロイドは普及以来、様々なことに利用されてきた。家事や育児は当たり前、果ては夜の営みまで。様々な業界から人々の仕事を奪っていった。結果として社会に残ったのは、アンドロイドでは代替不可能な少数の高度な仕事とアンドロイドに奪われた多くの仕事だった。

元々、アンドロイドは人々の代替品として作られたはずなのに、多くの仕事においては、いまや人がアンドロイドの粗悪な代替品として位置付けられていた。未だに街がホームレスで溢れ返ることがないのは、優秀だが初期コストのかかるアンドロイドを雇うよりも、粗悪な人々を安く買い叩くことができるからだった。

そしてそれは性産業も例外ではなかった。アンドロイドの性的消費には当初から賛否あった。人々はアンドロイドに欲情をする人間を一部の物好きと思っていたが、それもアンドロイドが普及するまでだった。アンドロイドは性の対象としても人間の代替物として、あるいは、それ以上の物として価値を見いだされた。人々が愛玩のために作ったこの人造人間は人の身では到底叶わぬほどの美貌を持って生まれてくる。そして、意思を持たず、人々のあらゆる欲望を受け入れる。次第にアンドロイドとはそういうものだと人々は認識するようになっていって、老若男女問わず自分の恋人としてアンドロイドを可愛がるようになった。

「ただの恋人としてアンドロイドを愛するのであれば、ここまで問題は大きくならなかったでしょう。ですが、最近はアンドロイドを壊すことに悦びを見いだすものも出てきました。しかも、そういう嗜好に特化したアンドロイドは特注品で、人と同じように苦しむ声を出し、血液を流します。アンドロイドと知らぬ人が見れば暴行事件だと思うでしょうし、アンドロイドと知っている人でもあの苦しむ姿を見ればかわいそうだと思うでしょう。」

「ふむ、私も出回っているホログラムで見たよ。あのホログラムのせいで最近はアンドロイドの人権団体がうるさくなっていると聞く。だが、本当に人と見間違うほどのリアリティだった。アンドロイドには本当に感情がないのかい?」

「当然です。アンドロイドはただの機械に過ぎません。あれは与えられた入力に対して特定の出力を行うただの複雑な数式なのです。」

「だがアンドロイドには知性があるのだろう?」

「定められた知性です。そこには人のような自由はありません。それに知性だ何だと口にするのなら、冷蔵庫にも洗濯機にも掃除機にも人権を与えよとおっしゃいますか?それらにも人工知能は搭載されています。第一、人権だなんだと騒いでいる人々の大部分はアンドロイドの知性など気にしてはいないでしょう。彼らはアンドロイドが人の形をしているから騒いでいるだけです。そのうち、マネキンにも人権を与えよなどと言い出すことでしょう。」

「なるほど、そうかもしれませんな。」

男はその若者が言っていることが正しいのかどうかわからなかった。だが、男にとっては自分の利益に繋がらぬのであれば事実などどうでもよかった。そして、その道のプロが言うのであればそうなのだと納得した。

「それで、Humanity の若き経営者は人権団体の活動を止めてほしいとでも言うのかね?」

「いえ、違います。その逆です。人権団体を支援し、このメガロポリスでアンドロイドに人権が与えられるように働きかけてほしいのです。」


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