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あの日のこと① 【103/1096】

あの日のことは現実味がない
ふしぎな気持ちで思い返す

知っている人、場所、光景なのに
無声映画をただ眺めているような
他人事のように心はしんとして
感情はわいてこない

あの日わたしは倒れた
わけがわからないまま病院に運ばれ
入院した
無の心のまま
点滴をされ鼻に空気を注入され
ずっと横たわっていた
時折心配した看護師の方が
のぞきにやってくる
静かに寝ているかどうか
いや 生きているのかどうか
確認しにきてたのだろうと
あとになって思う
あのまま 消えてしまっていたら
どうなっていたんだろうね

熊のような先生が真剣なまなざしで
いろいろと話してくれて
専門家に通うよう薦められた
家族にも強くしずかに要望していた
おかげでいまはそちらに
お世話になっている

元からの健康のおかげで
後遺症もなく退院する
しばらくはワインのように赤い
血尿ではない尿だけがつづいた
こんなに赤くて大丈夫かと
めずらしがって
人に見せたほどだ
薄くなっていくほどに
日が経つことがわかり
現実がせまってくる気がして
こわかった

フラッシュバックというほどの
劇的で苦しいものは起こっていない
しばらくは思い出すこともできなかったし
いまでもなんとなく思い出せるくらいの
淡いものになっている
鮮明に思いだしたら苦しいから
自然と身体がそうしてるのだろうか
わたしはただひたすら病室で
寝ていただけだから
記憶も更新されることなく
しんとしていたのかもしれない

それでもあの日のことは
事実だと自覚するときはやってきて
家族みんなで抱えている
それぞれのグリーフの段階がちがうから
共有できることとできないことがある
事実と気持ちと時間と
いろいろなものが重なって
なんとくそれぞれに形を帯びていく
果たして我々は
どこへたどり着くのか

この現実味のなさは
いつまでつづくのだろう
ため息まじりの日々
地下の暗い穴蔵の中を
さまようような日々
できるだけ静かにすごしたい
あの日のことは
少しずつ思い出せるだろう

今日もありがとう
また1日がすぎる
大きく息をはいて
生きていることを確認する