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勝ち負け
「勝ち負け」が全てじゃない。
だから、「何から何まで勝ち負けにする人」がいたら、それは流石に距離を取りたくなるし、「もっと気楽にいこうぜ、無駄に心拍数上がってよくないぜ」と言いたくなる。
だけど、「勝ち負け」を意識したほうがいい場面もある。
スポーツなどの勝負事はもちろん、試験にしても、舞台や表現にしても、「勝ち負け」を設定するからこそ
「このままじゃ勝てない」
「負けないために何をするか」
「勝つためにはどんな意識をもてばいいか」
などの考えが生じてくるわけで、「漠然とやっていては決して得られない何か」があると思うのだ。
ミーティングや、異性との食事なんかでも、「お会計」になったとき、
「僕が出します」「ここは持たせてください」
の勝負が始まる。僕が今まであってきた一流の人たちは、ほぼ間違いなく、この勝負、勝ちに来る。
負けてしまったときは、
「わー、全額出させてしまった」
との(悔いに近い)想いが心に残る。次回は「全額僕が負担する形で、特別な場に相手を招待する」という流れが生まれる。
相手がホテルに宿泊していて、宿泊者として食事代を「毎回向こうが出す」ことがわかっているようなときには、それ相応のプレゼントを事前に準備して食事に臨む、みたいなこともある。
しあわせなことに、僕の周囲は「出してもらって喜ぶ」というマインドの人は、ほぼ皆無である。「出してもらったらそれ以上を返す」GIVERマインドの人ばかり。だから、どんどん関係性がステージアップしていく。
一流の人たちは「GIVEとは関係性への投資である」ことを教えてくれる。この勝負、勝ちに行かなきゃ成長できない。
何かのオファーを受けたときも、やはり勝ちに行く姿勢は大切だと思う。
相手が信頼してくれた、その気持ちに応えたい、少しでも貢献したい。
でも単に「貢献する」じゃ、具体的にはわからないので、何をもって勝ちとするか、を定め、勝ち/負けのラインを設定して、そこに向かっていく。
再生回数なら何回以上、チケットなら何十枚以上、書籍ならAmazon何位以内、SNSなら有意義な投稿を5つ、みたいなところを設定して、具体的に勝ちにいく。(真剣勝負だから、負けることもある。でもそれがパワーに代る)
講演する、舞台にあがる、そんなときには、「誰ひとりとして除け者にしない」を達成出来たら勝ちとする。そんな勝ち負けの設定もありかもしれない。
芸人の雨宮あさひさんが、「お笑いを見に来てくれた人、誰ひとりとして寂しい想いをさせたくない」と話してくれたことがあって。「こういう人を応援したいな」と思ったし、彼女の真っ直ぐな想いに思わず兜を脱いだ。完敗だったので、応援しながらその姿勢を学びたい、と思った。
「勝ち負け」が全てじゃない。
だけど、勝ち負けという人間ならではの概念って、
いろんな応用がもっともっと可能なんじゃないか?
「勝ち負けを一切感じさせない」を勝ちとする、というのも含めて、ね。
・amazonで3冠、という「見えやすい勝ち」が必要でした。パフォーマンス医学。