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あなたのやり方
「お前が負けたのは、先輩たちと揉まれていないからだ」
「医大の練習だけじゃ足りない、選手練習に出なきゃだめだ」
うん、たしかにそうかも知れない。
師範や先輩の言う通りだ。「カラテの試合」に関しては。
もちろん周囲が「勝ってほしいからそう言ってくれていた」ことはよくわかる。
そして、わかるからこそ難しいってこともある。
僕は、こうも思っていた。
「僕には僕のやり方があるんじゃないか」って。
その頃、僕は医大生だったし、
全日本に出ている時は研修医だったから。
「稽古や練習に使える時間」は極めて限られていた。
だから師範や先輩たちのアドバイスをそのまま遂行するとすれば、いったん医大生を、医師をやめて専念するか、睡眠時間を削るか、2つしか道はなかった。
僕には僕の時間の使い方があるし、僕の感覚があるし、僕の感触は僕にしかわからないものだったから。
「僕のカラテをやる」とは、やっぱり「僕のやり方を通す」のとイコールだった。
もし先輩たちが、医大生で、あるいは医師で、かつ現役のカラテ選手だったら、短い練習時間で何とか結果を出す方法を一緒に考えることができたと思うし、その視点からアドバイスも頂けたと思うけど。
そうではなかったから、当時はカラテの技術や戦術的なアドバイスだけを聞くようにフィルターをかけるしかなかった。
バックグラウンドによって、方向性によって、ゴールによって、現在地によって、正解は異なる。
自分という船の舵取りは、自分でやらなきゃいけないし、ジャッジするのもやはり自分だ。
この時の経験はその後に生きている。
何かをやっていれば、いろんな人が、いろんなことを言ってくる。
善意からのことも多くて、関係性が近ければ近いほど、
それを無下にするわけにはいかない、という気にもなる。
でも、「わたしらしくある」とは、「わたしの方法にこだわる」ことも含まれる。
もしあの頃の僕のように「自分らしさ」に迷っている人に届いたら嬉しいな、と想って書いてみました。
あなたがあなたらしくあるために。
あなたらしく、僕らしく、共に勝利を。