紫本2-5 不安VS感謝
とはいえ、不安につかまらないでいるのは簡単ではありません。とくに情報化社会ではあらゆるところに誹謗中傷、罵詈雑言が飛び交い、嘘も拡散されて多くの人たちに信じられてしまえば、真実であるかのように受け取られてしまいます。
いわば「不安のきっかけ」が無数にある状態です。
不安の渦から脳を救い出すキーワードは「感謝」です。「ありがとう」を示されて嫌な気持ちにはなりません。感謝が大切なことは肌感覚で、あるいは経験則としてなんとなくわかります。感謝の気持ちがそこにあるだけで、随分とコミュニケーションはスムーズになりますし、人に感謝する、人に感謝される生き方は、そうでないよりも幸せな気がします。
では、脳機能の面からはどうでしょう?
私たちの脳は不安を感じているときには、脳の扁桃体(へんとうたい)という部分が活性化します。扁桃体には「生存に関わる重大なものであるかどうかをジャッジする機能」があり、好ましい状況・情報に対しては「好意的な感情」を、好ましくない状況・情報に対しては「不快の感情」をつくりだします。
たとえば、レストランで食事中、テーブルの下に数センチの茶黒い物体を見つけたとします。「ぎゃあー! ゴキブリ!」と即座に反応するのは、扁桃体です。扁桃体は瞬発力に富んだジャッジを行う場所で、茶黒い数センチの物体を見た瞬間、「それが本当はなんであるか」を待たずして「不快感」をつくりだします。よくわからないものに対しては、心理的、および物理的距離をとったほうが人間にとって安全だからです。
そうやって安全確保してから、黒い物体をよく観察する時に働くのが前頭前野(ぜんとうぜんや)になります。
「感情的な脳」である扁桃体に対して、「理性的な脳」である前頭前野は、扁桃体の活動に少し遅れて、冷静に観察や分析を開始するのです。前頭前野が「どうやら茶黒い物体は前のお客さんのキーホルダーの落とし物だった」といった詳細を確認します。
理性的な脳(前頭前野)は、感情的な脳(扁桃体)に抑制的にブレーキをかけてくれます。そのおかげで「目の前のワイングラスを茶黒い物体に投げつける」とか、「お金も払わずに現場から逃走してしまう」といった感情の暴走による行動を食い止めてくれるわけですね。
「とりあえずビビる」扁桃体、「クールに観察・分析する」前頭前野。
私たちはひとりの人間の中に「感情的な脳」と「理性的な脳」をもっていて、それらが上手に関係しながら様々な問題に対応しているというわけです。
これらの脳の仕組みを踏まえて「不安に対して感謝が有効」な理由は、前頭前野の活性化に関係があると考えられています。私たちが感謝する時、脳の前頭前野にあるvm-PFC(前頭前皮質腹内側部ぜんとうぜんひしつふくないそくぶ)という部分が活性化することがわかっています。
人間の脳の血流の総量はほぼ一定ですので、感謝することで、扁桃体にある血流をvm-PFCにシフトさせることで不安が和らぐ可能性があるのです。「感情的な脳」から「理性的な脳」に舞台の主役が入れ替わるようなものでしょうか。
このように科学的な背景を知ることによって、「感謝」は他人との関係性はもちろんのこと、自分自身が不安に溺れてしまわない、いわば護心術とでも呼ぶべきテクニックなのだとわかります。「情けは人の為ならず」と同様、人に、機会に、環境に、運に、「感謝」することで、プラスの受けるのは自分の脳なのです。
試合に臨むアスリートやステージに向かう音楽家が、折に触れ家族や支えてくれた仲間、ファンへの「感謝の気持ち」を言葉にするのも人間の脳は不安と感謝は同時に感じられないことを経験的に知っているからだと思われます。
普段から感謝リストをつくっておく、感謝を形にすることを率先して楽しむ、自分がやりたいことと恩返しをリンクさせる、「おかげ」について積極的に話題にする、それが無かった時代から眺めてみる、運や偶然を大切にするなど「感謝の型」はいろいろありそうです。
感情的な脳は「不安を見つける天才」ですから、理性的な脳で「感謝を見つける天才」を目指しましょう。(強さの磨き方 ~弱さの見つけ方~より)
強さの磨き方、紫本主義マガジンにて無料公開中。