強さを語るには弱すぎる。
ふつう強さに関する本は、「強い人」あるいは「強いと認められている人」がノウハウを公開する形で書かれます。
成功した経営者、大物政治家、世界王者、みんなが作品を知っている芸術家、カリスマ的人気のロック歌手……。
私はどれにも当てはまりません。どう考えても、強さを語るには弱すぎる。私には「こうすれば強くなれる」と言えるだけの実績も経験値も説得力もないのです。
では、なぜそんな私が強さについて語るのか? それは私が弱いからです。ゆえに強さを求め続けてきました。もともと病弱で運動音痴、ボールに遊ばれるような子どもでした。8歳の時、体育の授業で行われた相撲で、自分より小柄な同級生に投げ飛ばされ、顔中が砂だらけになりました。
「強くなりたい!」。そう思ってカラテを始めました。道場と仲間に恵まれ、中学からは試合に出場すれば入賞という状況が続き、17歳で高校生代表選手としてアメリカで試合をすることになります。
「日本人なめんな」そんな気持ちで臨んだUSAオープン 大会。187センチメートルのアフリカ系アメリカ人選手の前に立ったとき、アタマ の中が真っ白になりました。
デカくて、速くて、技もキレキレ。モノが違うとはまさ にこのことで、見たこともない蹴り技で倒されました。世界は広い。上には上がいる。フロリダで見つけたのは、まだまだ弱い私でした。
机上の空論ではなく、個体としての強さを追求したかった私は「本当の強さとは何か?」を求めてドクターを志しました。人間のことを知ればもっと強くなれるかもしれないと思ったのです。
そこで研修医をやりながら当時最強と言われた極真カラテの全日本ウェイト制に出場することを目標にしました。2つの地方大会で優勝して初出場できたのですが、全日本ウェイト制では3 回戦負け。翌年にも出場権は得たものの、試合前の練習で骨折し、泣く泣く欠場しました。
その後も臨床医を続けながら「強さの根拠」を求め、格闘技のリングドクター、プロ選手のチームドクター、音楽家のツアードクターなど、多岐に亘る分野において実地で学ばせていただく機会に恵まれました。
身体ひとつで観客を熱狂させるファイターの見えない努力。関節にダメージを抱えながらも、演奏中には全くそれを感じさせずに音楽と一体化するミュージシャンシップ。バックステージでの空気の創り方から、大きな差を生む小さな違いまで、世界レベルの凄みを全身で感じてきました。
数多くの出逢いと学び、実験と検証を掛け合わせ、スポーツにおける強さの根拠をレントゲンやCTと共に解析する「格闘技医学」という新しい医学の形を提唱することができました。
強さを求めるなかで気づいたこと。それは、己の弱さです。「少しは強くなれたかもしれないな」と思える瞬間もあります。しかし、次なるハードシップの前では、その感覚も露と消えてしまいます。現在も弱さと格闘する毎日です。
「背伸びして戦ったら危ないよ」と知っているのは、それで負けたことがあるから。「苦手科目から逃げ回ったら、得意科目まで足を引っ張られるよ」と伝えられるのは、逃げ回ったことがあるから。「睡眠時間を削っても、ロクなことがないよ」と確信しているのは、それで痛い目に遭ったことがあるから。「相手の弱点ばかり見ていたら、相手の強点に倒されるよ」と言い切れるのは、それでノックアウトされたことがあるからです。
なぜ人間は強くなろうとするのでしょうか?
それは、今の自分を超えることでしか辿り着けない場所があるから。私はそのように確信しています。だからこそ、本書を書きました。
世の中には、医学、脳科学、生物学、心理学、哲学など、脈々と受け継がれる体系立った学問はもちろん、伝統、文化、芸術に至るまで、あらゆる領域に「人間の優れた叡智」が存在します。
その叡智にアクセスしながら可能性を拡大する。何かを徹底的につきつめている方々の知見、あるいは超越してきた人々のヒストリーや実践哲学から、人生に対する態度を学ぶ。「強さ」をいろいろな角度から見つめ直し、強く生きる方向に並べてみる。そんな無謀に挑んでいます。
ゆえに特定のジャンルを深く堀り下げた研究結果を発表する、あるいは独自の新発 見を共有する、という性格の書ではありません。トピックには、上下も序列も格式も、ジャンルもありません。
強さの探求の名の下に、前頭前野からドーパミン遺伝子まで、アメフラシからネコパンチまで、スタンフォードからフライドチキンまで、『マーズ・アタック』から『戦場のメリークリスマス』まで、ヨーダからミトコンドリアまで、マ イケル・ジャクソンから勝海舟まで、「神秘の丘」から「ほぼ日手帳」まで、とにかく 縦横無尽に飛び出します。
フラットな水平性の中で、知識、思考、過程を共有しながら、強さについて考察していく。そんなスタンスの書と捉えていただけたら幸いです。(続く)
『強さの磨き方』 はじめに1/2 より