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強さの磨き方2-8 好例化社会

孤独というワードはどうしても晩年を想起させます。現代の日本にはあちこちに老人ホームや施設があり、高齢者向けサービスやビジネスに溢れています。

「もう年だしさぁ」「老い先短いしねぇ」「いいね、若い人は」

なんて会話が連日、至るところで交わされています。

1日、1日と高齢者に近づいている私はいつも思うのです。

「もっと年齢を重ねることに希望を見つけられないものだろうか?」と。

せっかくならば、希望をもってそうなりたい。部活や会社で後輩ができて先輩になると、なんとなく誇らしい気持ちになるのに、年齢を重ねることに「堂々と胸を張れる感じ」がないのはなぜでしょうか?

ある日の外来に、ご婦人の患者さんがいらっしゃいました。お洒落で小綺麗な服装で、自然なお化粧もされていて、腰を痛めたにも関わらず非常に穏やかで、言葉遣いも丁寧で、知性的で、医師である私の方が逆にオーラに癒されるような、そんな方でした。

電子カルテを見て、私は思わず声をあげました。なんと101歳の大先輩だったのです。いわゆる高齢者、老人、年寄り、患者といった言葉から想起されるイメージとは全く違う雰囲気です。

外来診療ですから、わずか15分ほどの対面でしたが、年齢について、高齢者について認識を改めざるを得ない貴重な時間でした。

もし若いことだけが唯一の価値ならば、人は日々価値を減らしてしまうばかりです。若い頃には獲得できなかった能力、膨大な経験や記憶があるからこそできる解決、十分な時間を経たワインのような熟成もきっとあるはず。

マサチューセッツ工科大学の認知科学研究者、ジョシュア・ハーツホーン氏らの研究チームは、10歳から90歳まで数千人を対象として年齢と知性の関係を調査しました。その結果、ピークとなる能力は、年代によって異なることを示しました。

・総合的な情報処理能力と記憶力:18歳前後
・新しい名前を覚える能力:20代前半
・新しい顔を認識する能力:32歳前後
・集中力:43歳前後
・他人の感情を読み取る能力:48歳前後
・基本的な計算能力:50歳前後
・新しい情報を学び、理解する能力:50歳前後
・語彙力:60代後半から70代初め

このように各年代と知性に関する能力を眺めてみると、興味深いものがあります。

とにかくスピーディーに覚え、どんどん脳で処理しながら進んでいく10代、20代。たくさんの情報や人に触れながら、トライ&エラーや摩擦を積み重ねながら「自分」と「世の中」を理解していく時期と一致します。

まだまだ体力に溢れた30代は、どんどん自分の道を歩みつつ、個性と個性が出逢う年代でもあります。ミッションに集中しながら、人の感情をきちんと汲み取り、他のコミュニティやグループとも手を取り合う40代。

「四十の手習い」という言葉があるように、新しい技術や価値観に触れる絶好の機会でもあります。40代に入ると同窓会の当番期などが回ってきますが、水平性のあるつながりが、世界を拡げてくれる良い機会でもあるでしょう。

50代はつながりから得たものを社会に還元しながら、あとに続く人たちに場や機会などを提供していくことに喜びを感じる年代です。機会や資源を分け与えたり、納得いく調整をしたりするためにも、計算能力が大いに役立ちそうです。自身の専門性はもちろん、「世の中全体を俯瞰して」、あるいは「世の中に対して」を考えられる年代ですから、学びを役立てる能力もピークを迎えます。

進化論を唱えたダーウィンが20代からの蓄積を「種の起源」にまとめたのも50歳。まさに社会全体、そして後世に影響する仕事を残しています。

そしていよいよ70代は自らの紆余曲折を含めた経験、机上ではなく実体験から学んできた教訓が、いよいよ言葉として結晶化される年代となります。

ゲーテは超大作『ファウスト』を24歳で書きはじめて82歳で書き終え、作品は彼の没後に発表されています。

またカルレ・イリノイ医大が、40歳から69歳のパイロットの認知力を比較した研究も非常に興味深いものでした。「新しいフライト・シミュレーターの操作法を習得する時間」は高齢者ほうが長い時間を要しましたが、その一方で、「衝突回避の成功率」は高齢者のほうが高かったのです。

フライトに関連して、世界最高齢のパイロットのギネス記録は日本人です。“飛行機の神様"と呼ばれた髙橋淳さんは96歳になっても現役パイロットとして活躍され、飛行時間は2万5700時間以上、飛行距離は地球130周を超えています。毎日、進歩を求めるがゆえに、反省を怠たることがなかったという高橋さん。

「昨日の自分より今日の自分のほうがかっこよくありたい。それが生きるってことだろ?」

「60歳から仕事を替えたって、90歳までに30年ある。それだけありゃ、死ぬまでにはいい仕事ができるだろう」

飛行機の神様の言葉に、怠惰な私としては背筋が伸びる想いです。

トロント大学のシェリル・グレディー博士の研究によれば、高齢者はあるひとつの作業の達成において、若年層が使わない脳の部位も活性化させているそうです。

加齢と共に機能が低下する部位もあるけれど、それを補おうとするシステムを私たちの脳はもっているというわけですね。そういう意味では、人間の活動も「若い頃と同じやり方」では低下していくばかり、年齢を重ねるほどに新しい知識を仕入れながら「選択肢を増やす」方向性が人としての理にかなっているのかも知れません。


女優であり、歌手であり、脚本家であり、書評家であり、作家である中江有里さん。書や音楽の素晴らしさを世の中に伝えてくださる中江さんは、いわゆる芸能人という枠にとらわれることなく、文学を体系的に学ぶために40歳で大学を卒業。ご自身のライフワークを高めながら、可能性を拡大し続けるその姿勢に、私も大きな勇気をいただいてきました。

ある時、中江さんのインタビューで、忘れられない言葉に出逢いました。彼女と長年番組で共演され、ずっと彼女を応援されていた俳優の児玉清さんが、その後の指針となるようなことを教えてくれたというのです。

「今40代後半ですが、まだまだできていないことばかり、やりたいことばかりです。児玉さんが『人間は50から。そこから努力した人が伸びる』とおっしゃっていたのを、最近よく思い出します。もともとは画家の中川一政さんの言葉のようですが、たいがいの人は50になると先が見えて努力をやめてしまう、だからこそ努力した人が伸びると」(「文春オンライン」より)

この言葉に出逢った時の私は49歳。若い頃に比べれば、身体は動かなくなってくるし、怪我は治りにくくなるし、本気で走るのも、思いっ切りジャンプするのにも全力でダッシュするにも怖さを感じる年代です。

そんな時に知った児玉さんの「人間は50から」の言葉。その言葉を真っ直ぐに受け止め、チャレンジされている中江さん。素敵な師弟のバトンを知り、インタビューを通じて新たなテーマを共有していただいたような気がしました。

そして映画『スターウォーズ』のジェダイ・マスター、ヨーダは長期に渡りサヴァイヴしてきた者の究極の姿ではないでしょうか。

もちろん実在しないキャラクターではありますが、ヨーダのモデルは、中国春秋時代(紀元前500年前後)の大思想家、老子とされています。

「足るを知る」「大器は晩成す」「千里の道も一歩から」など、老子の瑞々しい言葉は現在も脈々と生きており、彼の説いた「道」は、茶道、武道、柔道などの文化としても継承されています。

ヨーダは、若い戦士たちを導き、道を説き、自立を促す指導者の中の指導者として描かれています。思慮深く、叡智に溢れ、最適解としての言葉を与える「高齢者の理想」を結晶化したようなキャラクターです。

「お前が学んだことを次に伝えろ。強さ、熟練の技だけでなく、弱さや愚かさ、失敗も。失敗こそ偉大な師なのだ」

示唆に富んだヨーダの言葉。人間は生まれた時から「死」に向かって時を過ごすのは事実ですが、「その瞬間」まで強くなることができる。強さを目指すことができる。その経験は言葉として刻印され、次世代に受け継がれていく。年齢と能力の関係を知れば知るほど、希望が見えてきたような気がします。

本章では、あえて「弱さ」にスポットライトを当てました。弱さを見つけると、その周囲に強さが見つかる、強くなれるヒントが得られます。強くなりたい気持ちは弱さから生まれます。弱さの肯定は、強さを磨くことにつながるのです。

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