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エッセイ:危険なおじいさん

数ヶ月前、僕がフードデリバリーの仕事をしていた時のことだ。

足立区の北の方まで配達をしている時、ある駅の前を通った。僕が軽快に自転車を走らせていると、少し前方に買い物帰りと思しき高齢の女性がいた。自転車のカゴに大根などの野菜を入れて、ハンドルに小さな買い物袋を下げている。それ自体は何の変哲もない、よくある昼下がりの光景だった。

しかしその数秒後、目を疑う光景が飛び込んできた。

かなり勢いをつけて走ってきた自転車が、その女性の自転車の前方に衝突したのだ。「ガーン」という大きな音をたててぶつかり、その女性は自転車ごと倒れた。

僕は急いで自転車を漕いでその女性の元に向かったのだが、同時に、走り去っていく「おじいさん」も見ていた。それは先ほど女性の自転車に勢いよくぶつかった高齢の男性だ。

彼の方はぶつかっても倒れなかったのだが、なんと、そのまま自転車を漕いで走り去ってしまったのだ。
そのおじいさんの後ろでは、同じくらいの年齢の女性が自転車ごと勢いよく倒れている。それなのに、見向きもせずに去っていったのだ。彼女が倒れた原因は歩道を爆走していた自分だというのに。

僕は近くに自転車を停めて、その女性の元に向かった。その時にはすでに一人のサラリーマンが女性を抱えて起こそうとしていた。僕は近くに倒れていた自転車を起こし、地面に放り出されていた買い物袋を拾い上げた。

女性は怪我などはしていないようだったが、あまりの出来事に驚いている様子だった。それはそうだ。いきなり猛スピードでぶつけられて、そのまま相手がどこかに行ってしまったのだ。驚くのも無理はない。

「ああ、すいません。自転車、ありがとうね」

その女性は起き上がりながら僕にそう言った。

「いえ、それよりお怪我無いですか?」

「ああ、倒れてちょっと痛いけど、大丈夫よ」

その女性はそう言った後、周りを見渡して訪ねた。

「さっきの人、どこ行ったかしら……?」

その女性に、「おじいさんは見向きもしないでどこかに行ってしまいました」というのは心苦しかったが、僕が見た事実は伝えなければならない。僕は目の前で起こったことをそのまま話した。

「えー! どこか行っちゃったの? 人にぶつかっといて、ちょっと、ねえ……」

その女性はかなり困惑した様子だった。

女性に怪我が無かったのが不幸中の幸いだが、それにしても、かなり危険な出来事だった。打ちどころが悪ければ大怪我になったかもしれないし、それが車道であればもっと大きな事故に繋がったかもしれない。

事故を起こしたのであれば謝るのは最低条件だと思うのだが、「おじいさん」はそのまま去って行ってしまった。その女性の元に行くことを優先して、そのおじいさんを捕まえることなんて考えもしなかったが、もしかしたら追いかけて捕まえた方が良かったのかもしれない。それにしても、一体どういうつもりだったのだろう。

その後、女性を起こしていたサラリーマンはその女性に事故後の対応などを話していた。警察への連絡など僕より圧倒的に詳しそうだったので、その場は彼に任せてひとまず仕事に戻ることにした。

ちょうどその頃は高齢ドライバーの事故のニュースが話題になっていたので、どうしてもそのニュースと関連づけてしまった。多くの事故は車によるものだが、自転車だって十分に危険だ。自転車は歩道を徐行することもあるから、生身の人間と接触事故を起こすこともある。むしろその分、車よりも危険な気がしている。

特に自転車は免許無しで乗れてしまうわけだから、交通ルールをよく理解していない人も多いと思う。実際、都内を走っていると交通ルールを無視している自転車はよく見る。

まあ、今回の場合はルールどころの話では無いのだが。


またある時、この日もフードデリバリーをしていたのだが、危険な「おじいさん」に出会った。

そのおじいさんは自転車で僕の前を走っていた。割と大きな道路の、車道の左側だ。僕が目的地に向かってそのまま走っていると、突然目の前の老人が交差点で減速した。

少し驚いたが、かなり車間距離があったので減速しながら近づくと、その老人は交差点を斜めに『右折』していった。

「え……? どうなってんだ?」
と僕は困惑して、しばらく呆然としてしまった。

通りかかった車は少なかったが、ブレーキをかけて老人の右折を見守っていた。実際には「見守っていた」のではなく、僕と同じように「唖然として見ていた」というのが正しいだろう。

ほとんどの人は知っていると思うが、交差点で自転車が右折することは禁じられている。
右折した時に車に対向車に接触する可能性は大いにあるし、後ろから来ていた車に跳ねられる危険性だってある。

普通は「二段階右折」をするのだが、そのおじいさんはそれを知らなかったのか、悠々と交差点を右折して去っていった。

おじいさんが右折した時、辺り一体に緊張感が走ったような気がした。僕も一瞬事故の予感を感じたし、おそらく周りのドライバーたちも同じだろう。その空間でただ一人、おじいさんだけが堂々と運転をしていた。

たまたま対向車も来ていなかったから良かったが、それなりに大きい交差点で右折するのは相当肝が据わっている気がした。


それ以外にも、都内で自転車移動をしていると何度か危険な「おじいさん」に出会う。左右に蛇行しながら運転しているおじいさんや、なぜか車道のほぼ真ん中を走っているおじいさんもいた。

僕が歩道を普通に歩いている時にも、なぜか僕に一直線に突っ込んでくる自転車のおじいさんもいた。ギリギリで僕が避けたのだが、何故突っ込んでくるのだろうか?まるで目の前でミサイルを打たれたかのような気分だった。

おそらく、車に乗っている人はまた別の種類の「危険なおじいさん」に何度か出会っているのだろう。僕の場合は自転車移動が多いのでチャリタイプのおじいさんばかりだが、車タイプのおじいさんはもっと怖いはずだ。

僕はこの記事で全国のおじいさんを敵に回したいわけではない。世の中の多くのおじいさんは皆ちゃんとルールに従っているわけで、そういう人は何も問題ないのだ。

だが、一部のおじいさんの影響で、僕の中で「東京の道にいるおじいさんは危険」という偏見が生まれつつある。それが偏見であると分かっていても、何度も危険なおじいさんを見かけると、どうしてもそう思ってしまう。


先ほどから「おじいさん」と言っているが、男性だけが危険だとは思っていない。もちろん高齢の女性も危険な運転をすることだってあるだろうし、若者だって同じだ。
ただ、ここでは「おじいさん」と言わせてもらおう。

おじいさんたちに「自転車に乗るな!」とは言わない。それは個人の自由だし、歩くのが大変な高齢者こそ、自転車に乗るべきだとも思う。

ただ、ルールは守ろう。

僕はまだあなた達の半分も生きていないが、偉そうに言わせてほしい。

危ない運転はやめてくれ。

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