エッセイ:豆腐にハマった27歳男性。
数ヶ月前から、豆腐にハマっている。
書いてみて思ったのだが、「豆腐にハマる」という言葉を使ったのは人生で初めてかもしれない。
「プラモデルにハマる」とか、「タピオカにハマる」とか、そういったものに『ハマる』のはまだ理解できる。ただ、その対象が「豆腐」となると、なんだか不思議な気持ちになる。
僕が豆腐にハマったのは今から4ヶ月ほど前のことだ。
当時、僕は風邪を引いていた。コロナではなかったのだが、熱が出るし、鼻水が出るし、とにかく体がだるい。ロクに動けないのでずっと部屋に閉じこもって寝込んでいた。
体がだるくて食欲が無いのでまともな食事もできなかった。時々ベッドから這い上がって台所に行き、お粥やおじやを作って啜るくらいしかできなかった。
お粥を胃にぶち込むのにも飽きてきた頃、冷蔵庫の奥の方に眠っている豆腐を見つけた。鍋にでも入れようと思って買っておいて、ずっと忘れていた。
なんの変哲もない、2パックで98円の普通の豆腐だ。
とりあえず腹に何かを入れようと思って、僕はその豆腐を皿にのせ、醤油をかけてそのまま食べた。
「むむ、美味い……?」
確かに美味しく感じたのだが、何故か腑に落ちない感覚があった。豆腐が美味いという事実が受け入れ難かったのかもしれない。これまで豆腐を美味いと思ったことは無かったし、正直、あっても無くても変わらないような食材だと思っていた。
それに、たった今食べたこの豆腐は、そもそも豆腐自体が美味いのか、それとも醤油が美味いのか分からなかった。もしかしたら風邪をひいた体では全てのものが美味しく感じられるのかもしれないし、その時はどうにも「美味い!」と納得することができなかった。
風邪が少し良くなった頃、僕は再び豆腐を食べた。
残っていた豆腐を鍋に入れ、そこにめんつゆ、ねぎ、冷凍豚バラを入れる。なんの工夫もない、名もなき料理だ。
それを何にも考えずに食べると、口いっぱいに旨味が広がった。
出汁の旨味と豆腐の淡白な味わいがよく合い、そこに豚バラの濃厚さも加わって絶妙なバランスを保っている。口に含んだ時はほとんど出汁の味しかしないのだが、噛むほどに優しい豆腐の旨味が広がる。
その時僕は理解した。
「あれ、豆腐って美味いじゃん。」
それ以来、僕は頻繁に豆腐を食べるようになった。
夕食の一品として冷奴を食べることもあるし、夜中に腹が減ったら湯豆腐を食べることもある。
普通の豆腐では飽き足らず、いろんな豆腐を食べてみたりもした。
スーパーに売っている少し高い豆腐、近所にある豆腐屋の寄せ豆腐、高級スーパーに売っている謎のブランドの豆腐……どれも味や食感に違いがあって、食べ比べると意外と楽しい。
特に豆腐屋に売っている豆腐は、他の豆腐とは比較にならないほど美味い。
キメが細かく、大豆の旨みをダイレクトに味わうことができる。
それほど高く無いのに、かなり満足できるから、コスパは非常に高い。
おすすめはやはり「寄せ豆腐」だ。スーパーに売っているようなしっかりとした食感の豆腐とは違い、ほろほろと口の中で解けていくような食感がたまらない。
また、扱っている店は限られるが「胡麻豆腐」も美味い。豆腐に黒胡麻を混ぜたもので、大豆の旨味と胡麻の香ばしい風味を同時に味わうことができる一品だ。
この「胡麻豆腐」には黒蜜をかけて食べたりするのだが、最近は普通の豆腐にも黒蜜をかけて食べることがある。これが意外と美味しくて、ちょうど良いおやつになるのだ。
またある時、僕は自分で豆腐を作ってみた。
豆腐屋に何度か通うようになって、自分でも豆腐を作ってみたいと思うようになったのだ。
豆腐を作るのは、かなり面倒だ。
乾燥した大豆を水でもどし、その大豆をミキサーにかける。それを鍋でグツグツ茹でたら、布で絞って豆乳を作る。その豆乳に苦汁(にがり)を入れて煮込み、最後は水分を抜いて固める。
とても自慢できるような出来栄えではなかったが、それでも良い経験にはなった。
僕が豆腐を作って得た結論はこうだ。
自分で作った豆乳よりもスーパーに売っている豆乳の方が美味いし、
自分で作った豆腐よりもスーパーに売っている豆腐の方が美味い。
最近では夜中にお腹が減ると、迷わず豆腐を茹でて食べるようになってしまった。
夜中にハンバーガーを食べるよりはずっといいだろうが、それでも27歳にして豆腐にハマってしまったのは、なぜか少し悔しい。
もう少しオシャレなもの、例えば「クロワッサン」とか「カプチーノ」にハマったのなら会話のネタにもなっただろうが、豆腐ではどうもパンチが弱い。
「実は、最近豆腐にハマってましてねぇ」なんて切り口の会話、きっと面白くないだろう。
豆腐は決して老人の食べ物ではないのだが、豆腐にハマった自分を見ていると、何だか「おじいさん」化しているような気がしてしまう。
このまま行くと、僕はそのうち「筑前煮」とか「酢の物」にハマってしまうのかもしれない。そのうち趣味で「こけし」を作り始めてしまうかもしれない。
豆腐を発端に徐々におじいさんになっていく自分を想像して、少し身震いしてしまう。
でも良く考えてみると、僕の家には「盆栽」があるし、台所には抹茶を飲むための「茶道具」がある。
もしかすると、僕はすでに老人に片足を突っ込んでいるのかもしれない。
とりあえず明日はタピオカでも飲もう。
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