【読書感想】戦国時代の石垣に命を懸けた職人を描いたアツいお仕事モノ:今村翔吾『塞王の楯』
この本との出会い
毎年2回発表される大衆向けの長編小説(または短篇集)を対象にした直木賞(直樹三十五賞)の、2021年下期の受賞作品である今村翔吾『塞王の楯』-集英社 が出版されてほぼ丸1年経ってようやく、積読の山から切り崩して読了に漕ぎ着ける(というと、それがまるで苦行であるかのようにも聞こえますがそんなこともなく)ことができました。
書店のいわゆる「特設ブース」に積んであった著者サイン本を手にとったことがきっかけで、そのままかなり長いこと放置したままだったのですが、読み込むうちにページを繰る手の矢も盾もたまらぬこと。「〇〇受賞!」などという権威主義に滅法弱いのは私の性ですが、数多く出版されている書籍から何かを選んで手に取るには、ある程度の方針があるほうが大いに助かります。
こんな本!
あらすじ
さてあらすじですが、
幼い頃、落城によって家族を失った匡介(きょうすけ)がその後、近江の石垣職人の職業集団である"穴太衆(あのうしゅう)"の飛田組の頭に拾われ、世から戦を無くすために「絶対に破られない石垣」を築くことを目指す。
一方で、同じ近江の鉄砲職人である彦九郎(げんくろう)は「どんな城も落とす砲」を造り、恐怖という方法で以て泰平を目指す。
秀吉の死後、天下分け目の合戦の気配がある中、匡介は大津城の石垣の改修を任されるが、時を同じくして彦九郎は大津城を攻めるための鉄砲作りを依頼され、二人の職人の信念が、大津城の戦いを背景をとして激しくぶつかり合う。
というものです。
ジャンル
あらすじを読んでの通り、ジャンルは
文学
> 歴史・時代小説
> お仕事モノ
です。
個人的に歴史は大の苦手で、NHKの大河ドラマも見なければ、さわりを聞いただけでもなんのことだかチンプンカンプンなほどで、どんな武将が何をやって何家がどこに仕えて謀反を起こして、ということもふわふわとも分からない文系苦手マンなのですが「歴史・時代小説」と言っても「これってなんだっけ?」などとわざわざ歴史の教科書を持ってきて調べないと話が読めない!なんてことはく、私みたいに歴史が苦手な人でもスラスラ読むことができる、という点はあらかじめ申しておきます。
また熱い情熱を持った「職人(専門職)」のお話ですが、そこに掛ける矜持なんかは時代が変わって現代でも見つけ出すことのできる部分ですね。
ボリューム
またページ数が560ページ程度ですが、現代語で記述されていて文字も詰まっていないので、1日1時間で50ページくらい読み進めれば、2週間掛からないで読むことができるでしょう。
石積みについての専門用語などもときどき登場しますが、初回登場時に適切に説明がなされているので、いちいちネットで調べる、なんて作業もなく、また普段は用いないような少し古めかしい副詞なども、直感的に理解できると思うので、躓くようなポイントはありませんでした。
ただ個人的には、後半200ページは同日内に一気に読んでしまったので2週間も掛かりませんでした。
感想!
とにかく展開が熱い
人間の生き死にという、我々にとって一番の重大事について、そういうものを「いつか必ず起こりうること」として捉えてはいるものの、比較的社会が安定している日本のような国にあっては、どこかやはり自分自身の存在とは一呼吸置いて捉えている、今すぐ死ぬようなことはそうそうなくて、(具体的な裏付けはないけど)それまでには少し余裕がある、と考えるているのが大半ではないかと勝手に思います。少なくとも農業生産が安定していないから明日食うに困るかもしれない、戦があって巻き込まれて死ぬかもしれない、などと常に自分の生き死にのことを考えなくてはならないような時代でもないのが現代でしょう。
一方で現代に比べればそういう時代であったであろう戦国の世とは確かにあった時代で、だからこそ自らの生活・仕事が生死にリアルに関わる展開が起こりうるのだと思います。つまり「運動会の騎馬戦(おあそび)」とリアルの人が死ぬこともあり得る「騎馬戦」の違いみたいなものですが、やはり命が懸かるとなると、そこへは持ち得る全てを出し切らなければいかないわけです。食うに困る、生きるに困っても社会的なセーフティネットのない世界で、唯一、自分の身につけた技術だけを頼りに生きていく・生きて行かねばならない人間のなんと強いことか。それが武士のような、直接的に命のやり取りをしている職業身分の人々の話というわけでもないところがまた良いです。
攻城戦の最中に石垣の補修・縄張りの変更をするなど、言わば緊急で行う仕事の通称として「懸(かかり)」という用語が登場します。同じお仕事モノとして咄嗟に
三浦しをん『船を編む』-光文社
『SHIROBAKO』-P.A.WORKS制作(アニメ)
などが出てくるところですが、それらともまた一線を画すアツいお仕事モノとして本作が際立っているのは、作中でも明言されている通り、「懸(かかり)」という言葉が「命を懸けて」と掛かっているように、登場人物らがそれらを認識しているという背景が決定的に違っているのが原因でしょう。
こんな人におすすめしたい!
外観からしてハードカバーですし、読書慣れされていない方にはかなりウェイトがあるように感ぜられると思います。実際、まぁまぁカロリーは高いほうだと思います。ただその分というか、読み応えが抜群にありますし「時代小説は難しそう」とか「直木賞受賞作って面白いの?」と思っていらっしゃる方や、お仕事モノが好きな方にはぜひおすすめしたい作品です。