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左手首からの旅路
土屋拓人は、手首に走る細い管を見つめながら、静かな緊張を感じていた。鼠径部からカテーテルを挿入する――そう思い込んでいた彼にとって、「左手首からのカテーテル治療」という選択肢は意外だった。
「手首からですか?」
医師は穏やかに頷いた。「はい。左手首の動脈からアプローチします。負担が少なく、回復も早いですよ。」
手首に局所麻酔が打たれると、感覚が少しずつ薄れていった。皮膚の下で動く針、挿入されるカテーテル。その存在は、痛みではなく「冷たい違和感」として彼の意識に刻まれた。彼は目を閉じ、自分の血管をカテーテルが進むのを心の中で追いかけた。
モニターには、彼自身の左腎動脈が映し出されていた。まるで水路のような血管が、バルーンによって押し広げられようとしている。医師は手際よく操作を続け、動脈の狭窄部分に到達すると、小さくバルーンを膨らませた。
「…大丈夫、今血管が広がっていますよ。」
その言葉に、彼は小さく頷いた。痛みはない。ただ、体の奥で何かが静かに変わろうとしているのがわかる。
モニターに映る自分の腎臓は、まるで新しい息吹を受け入れるかのようだった。詰まった血の流れが再び動き出す――それは自分の命が「リセット」される瞬間のようにも感じた。
治療はわずか1時間ほどで終わった。手首には小さな止血バンドが巻かれ、看護師が優しく声をかけた。「お疲れ様でした。もう大丈夫ですよ。」
土屋はベッドに横になり、左手を見つめた。「ここから入ったんだな…」手首に残る小さな針跡が、自分の体の中で起きた大きな変化を象徴しているように思えた。
「命の流れは、手首から」
数日後、彼は藤野の自宅に戻った。左腎動脈のバルーン治療が終わった今、体の中の「命の流れ」は確実に改善されているはずだ。手首を軽くさすりながら、彼は湧き水を手に取った。
「ごめんよ、腎臓。そしてありがとう。」
彼はそう呟き、野草茶を丁寧に淹れた。腎臓を労わるための新しい日々が、手首から始まった――それは、血流と共に再び動き始めた命の物語だった。
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