LOG ENTRY: SOL 138
単身赴任、最後の1日。今日はRDO(隔週金曜休み)だったけれど、出勤してみた。というのも、来週はまるまる日本。少しでも仕事を進めておきたかったからだ。出勤しなくても家で仕事はできるのだけど、単身赴任で自宅と職場の往復を繰り返したこのモノクロの138日間に気持ちの区切りを付けたくて、なんとなく職場に向かいたくなったのだ。
今日はさすがにいいだろうと、オフィスの地下駐車場に停める。案の定、今日のオフィスはがらがらだった。休みの日に、がらがらのオフィスに出勤すると、なんだかわくわくする。今日1日を通して、たった1人としかすれ違わなかった。彼は、何か〆切が差し迫っているのか、あるいは5/40(1日8時間・週5日働くスタイル)で働いているのか。
誤算だったのは、オフィスの全体の電気が消えていたことだ。夕方になって、外が暗くなってくると、僕のデスクはパソコンとモニターの明かりだけになった。僕は全体の電気をどこで付けられるのか知らない。仕方がないので、モニターに白が多めの画面を出して少しでもデスクを明るくしながら作業。
帰りは最近しょっちゅうお世話になっている近所のPanda Expressで夕飯を買って帰る。そういえば、就職したての頃、先輩から「あそこのPandaはJPLの職員だったらディスカウントあるよ」と聞いていたので、Pandaに初めて行ったときに「JPLディスカウントあるって聞いたんだけど」と言って社員バッヂまで見せたことがあった。すると「あぁ、以前はあったけど、今はもうやってないのよね〜」と言われ、(///_//) 恥ずっ、となったことを思い出した。また別の日に近所のマクドナルドに行ったとき、首から提げたバッジを見た店員が「JPLの職員さん?ディスカウントあるわよ」と言ってきたので、(おっ、ここはあるのか)と思ってレシートを見ると、¢49引かれていた。
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政権交代にともなって、今のNASA長官・副長官は引退。その最後のスピーチをJPLでも大画面で放映していたので見にいった。副長官は、MIT航空宇宙の女性教授Dava Newman。彼女が涙ながらに感謝を述べていたのが印象的だった。その後Bolden長官が「Davaが泣いたので私は泣かないよ」と言ってスピーチを始めたが、彼も一瞬泣きそうになって笑いを取ってごまかしていた。オバマ大統領が初めての黒人大統領だったように、彼はNASAで初めての黒人長官だった。
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最大の山場
今週が就職以来最大の山場だったのだが、どうにか切り抜けることができた。今週月曜はキング牧師記念日で祝日だったのだけど、祝日も関係なしにひたすら仕事をし、深夜でもメールで進捗の報告などをしていると、別々のプロジェクトの同僚2人からこう言われた。
M.H.: "Thanks for the quick turn around on this, but in the future don't feel like you have to respond on your holiday weekend."
A.N.: "Thanks again for all the extra time you put in to get this done. Have fun in Japan and don't think about work at all next week!"
「祝日や週末に返信しなきゃと感じなくていい」「休みのときは仕事のことは全く考えなくていい」。これ以外にも、同じようなことはいろんな人から何度か言われた。なんというか、労うのと、休みはしっかり休んでねと言うのが、皆うまい。ぎすぎすしない職場の大事な要素なのかもしれない。ちゃんと仕事をする人間というのは、人から言われなくても自分で自分に必要なプレッシャーをかけるので、おそらくこれでよいのだろう。
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Up To Speed
もうひとつよく聞く表現に、"... get you up to speed..."、"... so that you can come up to speed..."、というのがある。就職したてのときや、新しいプロジェクトが始まったばかりのときによく言われる。僕は10年アメリカにいて、MITで一度も聞いたことのない表現だった。最初は「早くスピーディーに仕事ができるようになれ」と、ちょっとしたプレッシャーをかけられているのかな、と思っていたのだが、違った。おそらく「早く必要な情報やアクセスを与えて、普通に仕事ができるようにしてあげる」というニュアンスだ。
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良き同僚
思い出しついでに、もうひとつ。火星ローバーの仕事を一緒にしている同僚A.N.が年末に僕に謝りに来たことがあった。数時間前に、A.N.が「Tak、他のプロジェクト今どんな感じ?1月中旬のESAとのテレコンに向けて、君がやんなきゃいけないことがたくさんあるんだ。他の仕事を多少犠牲にするくらい、1月は大変になるよ」と僕に言った。そのESAとのテレコンというのは今週のことだったのだけど、確かに1月に入ってずっと大忙しだった。
すると数時間後、A.N.が僕のデスクにやってきて「さっきそう言ったけど、誤解を与えたんじゃないかと思って」と謝りに来たのだ。きっと彼は僕にプレッシャーを与えてしまったのではないかと気にしたのだろう。僕はといえば、プレッシャーとは全く感じず、僕がやらなきゃいけない、僕にしかできないことだとわかっていたので、当然のことと受け取っていたのだけど。優しいやつだなと思った。
今週のテレコンは、僕らの仕事を彼が代表してプレゼンしたのだが、それはそれは上手に話した。僕ならどう話すかな、と思いながら聞いていたのだが、全くと言っていいほど、僕ならもっとこう話すな〜と思うとこがなかった。
このA.N.という男の話を少し。彼はものすごく頭がキレる。友人の小野は「彼は絶対出世するよ」と言っていた。何歳か知らないけど、3〜4年前にMIT航空宇宙で修士を取ってJPLに就職したので、確実に年下だろう。彼と毎週顔を合わせるミーティングは、僕ら若手3人と、火星プログラムの局長クラスの(JPL所長と屋外で立ち話をするくらい)偉いおっさん3人の定例ミーティングなのだが、偉いおっさんたちが自分の考えを言っても、A.N.は少しも遠慮することなく、ずばずば言い返し、そしてそれが的を射ている。ときにおっさんらを圧倒するのだ。
そして彼との議論はとても楽しい。ものすごいスピードで的確な答えが返ってくるし、僕と彼との間に前提の違いがあって議論がずれているときも、彼が真っ先にそのずれに気付いて、修正してくる。そして僕の考えが及んでいなかったところまで、僕を引っ張り上げてくれるのだ。偉いおっさんたちは彼に絶大な信頼を置いているし、僕も彼を信頼している。良き同僚を得た。
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笑い話1
そのA.N.ともう一人の同僚S.D.と3人で火星の地形のカテゴライズの話をしていたときのこと。火星の地形は、ローバーが走りやすい固くて平たい地面や、ローバーが走りにくい岩がごろごろたくさんある場所、タイヤがスリップしまくる砂丘のような場所など、さまざま。それらを難易度によって6つくらいに分類したい。2人が一番簡単な地形を"Easy Hard"と名付けようとしていて「あ、でもeasyなのにhardってややこしいな」「でもhardがeasyなのは事実じゃん」などとやんややんや議論していたので、僕が一言「Firm?」。すると2人が声を揃えて「Firm!」とハモり、一同爆笑。英語ネイティブの2人が言葉選びであれこれ言い合いしてるところに、ひとり英語ネイティブでない僕が一言で終わらせたのが、なんかおかしかった。
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笑い話2
もうひとつ、別のプロジェクトの話。地球観測衛星の安全審査。僕がやってきた分析をもとに、テストフェーズに入ってよいかを判断する、大事なミーティングだ。参加者はプレゼンターの僕と5人のプロジェクトマネージャーなど中間管理職たち。ここでの話し合いを受けて、さらに上の何たら局の副局長に話を持っていかなくてはならないのだが、その副局長というのが、どうもちょっと厄介な方らしいのだ。悪い人というわけではなくて、毎回注文が変わったり、変なところに突っ込みだして話が発散したりするので、彼に何を話して何を話さないか考えておかなくてはならないということのようだ。
プレゼンターの僕を差し置いて、5人の会話が始まった。「彼にはここまで詳細を見せる必要はない」「いや、報告はしてもいいのでは」「詳細まで見せたらまたいろいろ突っ込まれてややこしいことになるわ」「彼にどこまで見せるかどうかは君たちの責任で決めることだ」「衛星に何かあったときに、直接関係があるのは君たちだから」「君たちが納得できるやり方でやれば」などなど、政治的にややこしそうな議論が続く中、1人が僕に向き直って一言。
"Welcome to JPL, Tak"
一同爆笑し議論は終了。こんなややこしい組織へようこそ、というわけだ。
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ある朝出勤すると、なんと!前を走っているのはバック・トゥ・ザ・フューチャーでおなじみのデロリアンではありませんか!まさか1985年から来たんではあるまいな。セキュリティを通過後、駐車場までしばらく後ろを付いていったが、徐行していたのでタイムスリップはしなかった。
★★★
さて、そろそろ空港に行く時間だ。日本で家族が待っている。この5ヶ月の間に、5歳の長女は漢字に興味を持ち、3歳の二女はおしゃべりが上手になった。そこに一緒にいられなかったことは悔しいけれど、きっとこの5ヶ月は、これから家族がここで暮らして行くために、僕が新しい生活を耕しておく、必要な時間だった。5ヶ月分成長した家族に会うと、タイムスリップしたような気持ちになるかもしれない。最近見た映画『インターステラー』で、父親が自分より年をとった娘に再開するシーンは涙なしでは見られなかったが、幸いたったの5ヶ月だし、僕も5ヶ月分成長した。
次にこの家に帰ってくるときは1人ではなく4人だ。また騒がしい日々がやってくる。僕は未来に戻るのだ。僕は家族に戻るのだ。
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