見出し画像

LOG ENTRY: SOL 22

 今日はまず火星の話からしたい。というのも、SpaceXのイーロン・マスクが、かねてから宣言していた火星移住構想を発表したからだ。以下の映像は、現在メキシコで開催されているIAC(International Astronautical Congress、国際宇宙会議)という名の国際学会で、イーロン・マスクが火星移住構想を発表したもの。こちらでプレゼンテーションの資料も見ることができる。

 有人火星探査は僕の専門でもあるので、このプレゼンは非常に楽しみにしていた。聞き終えての感想は一言で言うと超楽観的。だが、イーロンの言っていることは、めちゃくちゃではない。手元で大雑把な検算をしてみたが、計算自体はだいたい合うようだ。それもそのはず。イーロン自身が「これはアーティストの想像図ではなく、ちゃんとしたエンジニアリングモデルです」と語っているように、バックにSpaceXの優秀なエンジニアたちがいて、定量的な整合性は取れているはずだ。ただ、多少の印象操作はあったように見受けられた。

 たとえば、下図(プレゼン資料の24ページより抜粋)。宇宙船を打ち上げたロケットがすぐさま地上に戻り、燃料を積んだタンカーを再度打ち上げて、軌道上でドッキングし燃料補給をするというコンセプトだが、この図を見ると一見タンカーで燃料補給をするのは1回に見える。「液体メタンという平凡な比推力の燃料使っといて、そんなはずはない」と思い、手元で計算してみると、少なくとも4回は燃料補給が必要だ。と思って聞いていると、イーロンは「実際にはこれを3〜5回やります」と、さらっと語っていた。

 端的に言えば、これだけたくさんあるミッションイベントのどれも失敗することなく、すべてがうまく行った場合の数値解だけを集めて見せているようなプレゼンだった。専門的には、新しい技術アイデアには頼らず、どちらかというと既存の技術の中で最も良い(と彼らが主張する)ものを最大限に組み合わせ、あとはとにかく腕力でどうにかしてしまおうというような内容だ。SpaceXファンとしては純粋に興奮したが、一方で専門家としては「あるもの使ってめっちゃ頑張る」とだけ言われた気がして少し拍子抜けだったかな。

 僕が「腕力」と表現したのは、バカでかいロケットや、そのロケットを何度も連続で再使用することや、軌道上で何度もドッキングし燃料補給を繰り返すことなど、既存の技術の非効率をすべて規模や回数でカバーしているようなアイデアだからだ。幸運に幸運が重なれば、最初の1回はこれで行けてしまうかもしれない。しかし「同じロケットを1000回再使用する」「同じタンカーを100回再使用する」といった計画は、楽観的なコピペに過ぎない。意地悪な言い方をすれば、でかい数字ばかりたくさん見せられたような。。

 また途中でイーロンが「技術的な詳細はプレゼンでは語らないが、それはのちの質疑応答で」と言っているが、その質疑応答はほとんどが「あなたが火星に降り立つ最初の人になりたいとは思いませんか」「なぜSpaceXは外国人を雇わないんですか(会場拍手、実際はグリーンカードがあれば雇う)」「ステージに上がって、あなたに幸運のキスをしてもいいですか(会場ひゅーひゅー、イーロン断る)」など、ミーハーな質問ばかり。一人核心を突きかけた人がいたが、イーロンに「ここは君のエッセイを語る場じゃない。質問は完結に」と言われ、誰かに「Stop」と野次られたりして、流れてしまった。ま、ああいう場はそもそも細かい議論には向いてないが。

 と、ここまで冷静に批評してみたが、プレゼンはこれで良いのだ、とも思う。まして有象無象やミーハーなファンも集まる国際学会で大構想を発表するという舞台。技術的な細かい理屈を並べられても面白くない。そもそも大風呂敷を広げるのは自由だし、むしろそういう人間がいないと遅々としてものごとが進まないのも腰の重い宇宙開発あるあるだ。彼のような人間の存在が、宇宙開発を無理やり加速させ、リスクを伴いながらも最終的には実現してしまうことさえあり得るだろう。いちSpaceXファンとしては、期待を裏切らないプレゼンだった、ということも付け足しておく。

★★★

 ここからはいつもの日記に戻ります。今日はお昼にアジアンアメリカンコミュニティがボードゲームイベントをやるというので行ってみた。老若男女が囲碁やシャンチー(象棋、中国版チェス)をやっていた。将棋も1セットだけあって、若い香港人が興味を持っていたので、簡単にルールを説明してあげた。

それにしてもシャンチー、実際にやっているところは初めて見たけど、面白そうだ。将棋にはない駒やルールがいろいろある。一番面白かったのは「砲(パオ)」という駒。基本的には飛車と同じ動きをするのだが、敵の駒を取るときは他の駒(敵・味方どちらでも良い)をひとつ飛び越えなくてはならないそう。このコミュニティに参加しようと思った理由は、将棋の普及と囲碁の勉強だったが、シャンチーも勉強してみたいと思った。

 ところで今日、日本では羽生さんが王位を防衛してタイトル獲得96期になった。と同時に今日で46歳。46歳でタイトル96期ってすごいなぁ。15歳でプロになってからずーっと三冠王の人でも93期。生まれた瞬間からずーっと二冠王の人でも92期だよ。お祝いがてら、最近ツイッターを始めた羽生さんの奥様に「NASAで将棋を広めますp(•̀ㅁ•́)q」とメッセージを送ってみたら、返事が来て嬉しかった。

 夜は、友人の小野一家をロサンゼルス空港まで車で送っていった。4年半ほど前、彼がMITを卒業してボストンを去る朝、僕が空港まで車で送っていく約束をしていたのに、世紀の大寝坊をしてすっぽかしてしまい、結局彼はタクシーか何かで空港まで行き、見送りすらもできなかったことがあった。だから今日は汚名返上。無事に送ってあげられて良かった。良い旅を。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?