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LOG ENTRY: SOL 626

 プロジェクトの予算超過によって、25%失業を余儀なくされた僕。このままでは僕の給料は75%しか支払われない。4日に1度、自宅をAirbnbで貸し出し、一家で車に寝泊まりする日々が始まってしまうのだろうか・・・!?

今日の日記は、前回のSOL 623の「25%失業した話」の続きです。引っ張り過ぎてもアレなんで、今日で書き切ってしまおうと思います!٩(ಠ_ಠ)و

失われたクォーターを求めて

 僕は上司の提案に従い、第一の策、故障診断のR&TDプロジェクトを率いるS.C.に0.25 FTE分のお金を捻出できないか聞いてみることにした。

 彼と知り合ったのはJPLに来てからだが、どうやら僕とMIT時代が少しだけかぶっているようだ。彼が博士課程を終えた年は、僕が修士課程を終えた年。もしかしたら同じ卒業式を歩いたのかもしれない。その日は一日中小雨が降った。

 ――僕は単刀直入に聞いた。

「ご存知の通り、自律化のプロジェクトが予算超過していて、0.25 FTE減らさなければならなくなりました。完全に新しい仕事を探す前にお聞きしますが、あなたのプロジェクトで僕を0.25 FTE分拾ってもらうことは可能ですか?もし無理なら、火星プログラムオフィスに聞いてみます」

 彼は回答は以下のようなものだった。

「現在こちらも予算がなく、我々の現状を考えると、さらに資金を取ってくることもできそうにない」

 まず、第一の策は消えた。しかし、彼はこうも続けた。

「こちらの身勝手なことを言うと、他のプロジェクトに行ってしまう決断を少し待ってもらいたいところだが、君の状況を考えると、火星プログラムオフィスに相談するのが一番安全だろうね・・・」

 彼が少し待ってもらいたいと言うのにはワケがあった。

 たまたま前日のミーティングで、現在僕らが開発中の異常検知アルゴリズムに、もしかしたら数学的欠陥があるかもしれないことを僕が指摘し、僕なりの修正案を提示したのだ。

 ただ、僕の修正案も完全なものではなく、そのミーティング中に結論は出ず、むしろ僕が想像していたよりも深い問題かもしれないことがS.C.によって提起され、いったんお開きとなっていたのだった。

 そういうわけでS.C.は、この新たに持ち上がった問題を次のプロポーザルに含めて研究する価値がある、そしてそれにはこの問題を最初に指摘した僕が適役だろう、と考えたようだった。

 だが、次のタイミングがまだ少し先であることと、希望通りの資金を取ってこれる保証もないことから、上記のような回答になったのだ。

 しかし、背に腹は変えられない。ないものは仕方がない。第二の策、火星探査ローバーのプロジェクトをつついてみるしかない。

このS.C.のプロジェクトのミーティングに、いつも自宅からリモートで参加するおじいさんがいて、ネット回線の問題なのか、いつも彼のしゃべったことが数秒後にもう一度繰り返される現象が起きるので、リスニング試験みたいに2回聞けて理解しやすいなー、って思ってたら、あるとき直に会って、実際にそういうしゃべり方をする人だった。

★彡

 それにはまず同僚のA.N.に聞いてみるのが早い。

 彼とはSOL 3に出会って以来、ずっと一緒に火星ローバーの仕事をしてきた。SOL 138にも書いたが、彼は超優秀だ。

 また別の日につぶやいたこのツイート👆も彼のことだ。最初は彼と僕ともう一人の3人で始まったこの火星ローバーチームも今では12人になり、彼がそのチームを率いている。

 彼は頭の回転が速く、議論の本質を見抜くのも速く、自分の間違いや勘違いに気付いて訂正/修正するのも速く、僕が送ったデータや考察に対する返事も速い。それが週末であってもだ。

 それでいてチームメイトに速さを要求しない。全部のサブシステムに精通していて、それぞれの担当と同じ深さで議論ができる。

 本当に良き同僚を得た。

 奇しくも、彼もMIT出身で、僕とかぶっている。彼が修士課程を終えた年は、僕が博士課程を終えた年だ。おそらく同じ卒業式を歩いたのだろう。その日は一日中どしゃ降りだった。

 ――そんなわけで僕は、彼にミニ就活中であることを説明し、火星プログラムオフィスに活路を見出す場合、誰に聞くのが一番良いか聞いてみた。すると彼からは意外な返事が返ってきた。

「火星ローバーですでにハーフタイム取ってるし、何か新しいことに挑戦してみるチャンスかもよ。少なくとも他にどんな仕事があるか見てみて損はないんじゃない?ひとつのプロジェクトにばかり時間を取られるのはキャリア的に微妙だし。ま、俺は火星が好きだから、火星ばっかやってるけどね」

 唸った。なるほどそうか、僕はピンチとばかり思っていたけど、

チャンスなのか・・・!

 彼はこう補足した。

「俺、来週ヨーロッパ出張だけど、火星プログラムのマネジャーたちも皆行くから、出張中に彼らに聞いとくよ。あと、もし自律化の方で今すぐに25%減らさなきゃいけないんだったら、一時的に火星ローバーの方で75%まで引き上げて大丈夫だから」

 それはありがたいけど、僕はもう新しい仕事を探す方にわくわくしはじめていた。3つ掛け持ちは忙しくなるけれど、確かにこれはチャンスだ。

 なんなら、火星プログラムのマネジャーたちが皆不在なのも何かの巡り合わせなのかもしれない。

 僕は彼に「確かに君の言うとおりだわ。これは良い機会かも。もし君が再来週ヨーロッパから戻ったときにまだ行き詰まってたらまた相談するよ。ありがとう!」とだけ返した。

★彡

 状況を整理すると、故障診断の方は「現状予算がない、ちょっと待っててもらいたいが君を引き留めるわけにもいかない」、火星プログラムの方は「マネジャーたちが再来週まで戻らない、一時的に火星ローバーに75%までチャージしても大丈夫」ということだ。

 金曜の午後、僕はこの状況を上司J.H.にメールで折り返した。そして「むしろ新しい仕事を見てみるチャンスかも、と思い始めています。どう思いますか?アドバイスください」と付け加えた。

 来週上司と新しい仕事を探すことになるんだろうなぁ。そんな想像をしながら金曜日が終わった。このときはまだ、翌週に意外な結末が待っていようとは思いもよらなかった。

・・・今日もやっぱり書き疲れたのでこのへんで。つづきは後日。結果的にもったいぶる形になってスンマセン<(_ _)>

★彡

重力の"機微に触れる"双子衛星

 NASAがDLR(ドイツ航空宇宙センター)と共同で開発してきた人工衛星『GRACE-FO』が昨日、アメリカ西海岸のヴァンデンバーグ空軍基地からSpaceXのFalcon 9ロケットで打ち上げられ、予定の軌道投入に成功した。

これはSOL 17の写真の転載だが、このGRACE-FOというミッション、全く同じ双子の衛星を220km離して地球を周回させ、マイクロ波測距システムで双子間の距離を常に高精度で測定し、その微細な変化から地球の重力マップの変化をとらえよう、というミッションだ。これによって例えば地球規模の海流の動きがわかったりする。そして実はこれ、2002年に打ち上がったGRACEという先代ミッションの後継機なのだ。末尾のFOは、Follow Onの略だ。

 なぜこの衛星の話をするかというと、僕がJPLに就職して最初の4ヵ月間、めちゃくちゃ手を焼いた仕事が、このGRACE-FOの安全設計の審査のお仕事だったからだ。

 このミッションを全く知らなかったところから始まって、ゼロから勉強し、大量のドキュメントに次から次に目を通し、何をやったらいいのかわからない真っ暗なトンネルの中をひたすら突き進んだ4ヵ月だった。

 過去に日記(SOL 17に始まり、SOL 2938, 88, 131, 138など)を振り返ると、その苦悩の様子がわかる笑。最初の頃の不眠症は、この仕事のせいだったんじゃないだろうか笑。

 その人工衛星がついに宇宙に行った。考えたら、僕が関わったものが宇宙に行ったのは初めてだ。

 感慨深い、などと偉そうなことを言うほど長く深く携わったわけではないが、上に挙げた過去の日記にちょいちょい登場しているN.D.――インドの妖精のような顔の割に、いつも表情が鋭くて、どことなく高圧的な彼――が、打ち上げ直前にNASA TVでPSE(プロジェクトシステムズエンジニア)としてインタビューに答えている様子などを見ていると「僕の関わったものが本当に宇宙に行くんだ」という実感が湧いてきた。

打ち上げは、会議室のスクリーンに映し出して、皆でライブビューイング。少しは感動するのかな、という気持ちになってきたところ、映像と音声に10秒ほどタイムラグがあり、声はまだカウントダウン中なのに、ロケットが勝手にフライングして打ち上がっちゃって会場爆笑。感動が吹っ飛んだ。
・・・いっつもこうだ、いっつも決まらないんだ、おれの人生!

無事に宇宙空間に到達して、GRACE-FOがむき出しに。とりあえず打ち上げは成功だ。ありがとうSpaceX。皆パチパチと拍手をして、散り散りに去っていった。僕もランチへ向かった。鉄板焼きでも食うか。

★彡


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