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LOG ENTRY: SOL 1

 ついに、NASAジェット推進研究所(JPL)での仕事が始まった。

noteでは、不定期にJPL日記を付けていこうと思います。タイトルは、小説『The Martian』の中で火星に取り残された宇宙飛行士Mark Watneyが日誌を付けていくやり方にならって「LOG ENTRY: SOL XX」。SOLとは、火星の1日(24時間40分)のこと。本来地球では「DAY XX」と書くべきですが、就職したばかりの僕にとっては吸収することが多すぎて、1日は少しばかり長いのです。仕事に慣れてきた頃にDAYに変えるかも。

 朝6時起床。というか、昨夜は興奮しているのか、まだ時差ボケが残っているのか、数回眠りから覚めてしまった。長い1日になるからと、無理やり睡眠に戻って、なんとか6時まで寝た。ひとシャワー浴びてスーツを着て出発。

 7:30までにJPLの受付にチェックインすることになっていた。7時前に家を出て、車を走らせること15分。警備員が待ち受けるメインゲートが見えてきた。これまで4回ほど来たことがあるので、このやりとりは知っている。ただし「ビジターです」と言って通してもらった過去4回とは違って、今日だけは「新入社員です」。少し照れた。

 車を停めて、受付でグリーンカードやら免許証やらを見せて、仮バッヂをもらった。リストにちゃんと僕の名前があって、仮バッヂも作成されていて、少し安心。夢じゃなかった。夢だけど。夢じゃなかった。

ちなみにPRとは、Permanent Resident(永住権保持者)のこと。プエルト・リコ人ではありません。

 しばらく待っていると、人事部の担当者が迎えに来た。今日入社する新入社員は僕を入れて12人だった。「いつもよりだいぶ少ないわね」と担当者。通年採用ではあるものの、毎年9月入社が多いってことなのだろうか。老若男女、と言っては失礼だが、新卒っぽそうな若い子から、経験者採用っぽそうな年配の方まで、男性7人、女性5人。僕だけがジレにジャケットまで着ていて、若干浮いていた。ネクタイをしている人がもう一人いたが、彼は「Am I overdressed...??」とつぶやいていた。俺の立場は、おい。

 早速連れて行かれたのが、コンロトールルーム。ロケットの打上げ時などによくテレビに映る例の部屋だ。ここにはすでに2回ほど来たことがあったが、やっぱりかっこよかった。4年前、火星ローバー・キュリオシティが着陸に成功したときの感動が蘇った。自分が深く関わったミッションで、あんな場面に立ち会えたら幸せだろうなぁ…。ミッション成功時に食べることが伝統になっているラッキーピーナッツももらった。

 その後、一人ずつ指紋を取られ、写真を撮られ、正式なバッジ(社員証)を受け取り、オリエンテーション。福利厚生の紹介や銀行口座指定の書類など。担当者が僕のとこにだけこっそり持ってきた書類を読んでみると「6ヶ月以内に辞めた場合、契約金は返金いたします」。書類にサインをしながら、他の人たちは契約金をもらわないのか?給与交渉をしなかったのか?などなど。

 再びツアーの続き。宇宙探査のショートフィルムを見たり、過去のミッションが展示されているホールに行ったり、赤外線で自分の体を見たり、構造部材から衛星や探査機までいろいろなものを製造している工場を見学したり(よく見ると、部品の製造には三菱の機械が使われているではありませんか!)。

 その後戻って、諸々の事務手続きを済ませて、ランチ。各自、自分の上司となるスーパーバイザーと一緒にランチを取った。僕のスーパーバイザーは、入社直前の人事異動で、一度も会ったことない・話したことない人(以下、J.H.)に代わっていたので、今日が初対面。あらかじめネットで写真は見ていたので、顔は頭に入れていたが、イメージと違って、思ったより優しそうな印象。すると、彼も僕をネットで見ていたようで「イメージと違うね」と一言。髪は短くしてジレまで着てたからかな。お互い様か。

 午後は、新入社員でチームを作って、JPLクイズに答えていくというゲーム。宇宙史の出来事を年代順に並べ替えたり、JPLの各部門ごとの予算配分を予想したり。ちなみに予算配分は、地球ミッション25%、火星ミッション15%、その他太陽系ミッション35%、宇宙科学・天文学10%、NASA以外からの資金15%、だったかな。。 あとJPLは、実はNASAより歴史が長い。JPLは1936年設立。NASAは1958年に設立され、JPLはNASAの一部となった。余談だが、NASAの前身はNACA(ナカ)で、1915年から存在している。

 それから、JPLのややこしいのは、施設や備品はNASAのものだけど、職員はカリフォルニア工科大学(以下、Caltech)の所属である点。「皆さんはCaltechの職員ということになるんだけど、皆さんが今座っている椅子は誰のもの?…NASAのものです!」だそう。ということは我々はCaltechからNASAの施設への派遣社員?だからこそ外国人である僕がフルタイムで雇ってもらえたのだが。

 オリエンテーションが終わったのが午後3時。J.H.が迎えに来て、僕のオフィスへと案内してくれた。キュービクルと呼ばれるパーティションで区切られた部分的に閉じたスペースだ。つい最近まで東大で借りていた個室のオフィスと比べると広さは半分以下だが、幸い窓はあった。人によっては、窓のない内陸のキュービクルが割り当てられている。近所の同僚曰く「お、新入りかい?窓際ということは博士だね」。なるほど、ここでは博士号を持っている人に窓が付いてくるという暗黙のルールがあるようだ…

 J.H.に連れられて、ひととおり同じグループの人たちに挨拶回りをし、自分のオフィスに戻って少し落ち着いていたら、30分後にJ.H.が戻ってきて、今から火星プログラムオフィスのマネジャーたちに会いに行くぞ、と言う。いきなりか。JPL内でうまく生き抜くには有力者とのコネが大事、とは聞いていたので、まぁありがたい話ではあるのだが。

 火星プログラムのお偉いさん方3名とミーティングのアポが取ってあった。実はこのうちの2名は、昨年11月に就活を兼ねて半ば強引に企画したトークに来てもらい、そのあとのランチで「グリーンカードが認可されたらもう一度採用を考えてください」と言っておいた方々。そして内定後も、入社前からコンタクトを取り、入社してすぐハーフタイムは彼らの下で働くことが決まっていた。今日は入社のご挨拶程度の軽いミーティング。

 その後、セクションマネジャーの2人にもご挨拶。この2人は、3年前の最終面接で「グリーンカードを取っておいた方がいい」と言っていた方々(このあたりの詳しい話は『雨乞いダンス』を参照されたい)。気の良い愉快なおじさんたちである。何を言うかと思ったら「ついに来たか!ところでなぜそんなにドレスアップしてるんだい?」。入社日ですら、スーツを着ていると変な職場なんだな。。

JPLバッジゲット。LPRとは、Lawful Permanent Residentのこと。バッジの色は国籍によって違うようだ。

 ようやく今日のイベントが全部終わった。疲れた。長い1日だった。けど、幸せだった。近所の同僚は皆もう帰宅していた。いったい何年務めるかわからないけれど、今日からしばらくの間よろしくお願いします、と胸の中でつぶやいてから、僕もオフィスを後にした。

追記:キャンパス内で横断歩道のないところを渡っていたら警備員に怒られ、カードリーダーにバッヂをかざさず素通りしてたらまた警備員に怒られた。いろいろとルールがあるのね。

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