【水晶】水晶の産地推定を改良したときの話
「水晶の産地推定を思いついたときの話」の続きです。
赤外分光分析を利用して水晶の産地が推定できるのではないかと考えたわけですが、分析データをどのように解析したのかを紹介します。
前回のnoteはこちらから。
吸光度の単純な組み合わせ
水晶は理想的には珪素(Si)と酸素(O)の成分を持つ二酸化珪素(SiO2)の結晶です。
しかし天然の水晶には不純物として珪素の代わりにホウ素やアルミニウム、鉄などの元素が混入する場合があります。
この不純物元素が赤外線を吸収するため、不純物元素の種類や量で赤外線のスペクトルが変化します。
最初に注目したのは3595/cm、3485/cm、3380/cmの3つの吸光度です。
赤外線の吸収量は不純物元素の量×試料の厚さで決まるので、比を使うことで試料の厚さの影響を除去します。
3380/cmを基準として、3595/3380という指標と、3485/3380という指標の2つの指標を作りました。
全て山梨県内の産地ということもあり、判別図の中で多くの産地のデータが重なっていて産地が分けれれたものではありません。
とはいえ指標を変えてもあまり変化がないので、釈迦堂遺跡の水晶石器の分析結果をプロットしてみました。
すると、水晶石器全体としては竹森の水晶のデータの分布域とよく一致しており、釈迦堂遺跡では全体として竹森の水晶を利用していると考えることができました。
石器ひとつひとつの産地が知りたい
先ほどの釈迦堂遺跡のように、縄文時代の遺跡からは多数の水晶石器が出土するケースがあり、データの分布域から産地を推定することができました。
しかし、旧石器時代の遺跡では数点しか水晶石器が出土しないケースが多く、縄文時代の遺跡同様の手法が使えません。
石器ひとつひとつの産地を推定する方法を改めて考えました。
より多くの吸光度に注目すれば産地を分けることができるかもしれませんが、一方で図示することが難しくなります。
そこで、複数の成分を2次元の散布図に図示するため、主成分分析を導入することにしました。
主成分分析は写真を撮影することと似ています。
たくさんの人が並んでいるとき、皆さんはどの方向から撮れば人の顔が被らないで撮影できるかを探すと思いますが、この方向を数学的に決定する方法が主成分分析です。
3次元空間内にデータがあるとき、青矢印の方向からデータを見ると赤矢印と緑矢印を軸に持つ2次元平面上のデータを見ることになります。
言い換えると3次元データを2次元に圧縮していることになりますが、2次元空間でも三次元データのばらつきの99.9%以上を説明することができます。
この方法を使えば複数の赤外線吸光度を損失少なく2次元の散布図で表現できることになります。
しかし、主成分分析を使ってもやはり多くの産地のデータが重なってしまい、一目でわかる産地判別図を作ることができませんでした。
一方で主成分分析の結果から「この産地は候補から外れる」ことを見つけることができました。
そこで、候補に残った産地を分けるための最適な産地判別図を繰り返し作っていくことで産地を絞っていくという対話的な方法をとることにしました。
この方法を使うことで、今まで遺跡全体として○○産の水晶を利用していたという検討しかできなかったものが、ひとつひとつの石器に対して××産の水晶であるという議論ができるようになりました。
強敵現る
対話的な主成分分析を導入することでひとつひとつの水晶に対して産地を推定することができるようになりました。
しかし、2021年に金山林遺跡という遺跡から出土した水晶を分析した際に事件が起こりました。
ほとんどの水晶石器で「竹森か向山」のどちらかが産地だけれども、どちらかはわからないという結果になってしまいました。
より細かく産地を推定するには、赤外線吸光度のデータをさらにたくさん利用して解析していくしかありません。
しかし対話型主成分分析を利用する方法では限界がありました。
少し難しい言い方をすると、対話的主成分分析で得られた判別結果は「局所最適解」という答えを導いたものだったためです。
そこで、可能な限りすべての主成分分析を実施する総当たり方式で主成分分析を行うことにしました。
産地Aと産地Bを分けるための数1000通りの主成分分析を行い、次に産地Aと産地C、次に産地Bと産地C・・・と実施可能なすべての主成分分析を行い、どの主成分分析結果を見てもこの試料は産地△△に一致するという結果を見つけ出します。
解析にはかなりの時間がかかりますが、この方法を使って金山林遺跡の水晶石器の産地も推定することができました。
10000通り以上の判別図の中から、竹森とそれ以外の産地を判別するために利用した9通りの例です。
金山林遺跡の水晶石器はほとんどが竹森産の水晶を使っていることが分かりました。
いまのところ、この総当たり方式が最新の方法になっていますが、さらに改良していくかもしれません。
この方法を使って、古墳時代の玉類や近代の水晶印などの産地推定も実施しています。
ここまで水晶産地推定に関するお話をまとめてきましたが、同様の内容を第29回山梨科学アカデミーで講演しています。
もしよければそちらもご覧ください。