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デンマークのHVDCビジネス事情: Viking Link の例

以前、授業の一環でデンマークとスウェーデンをつなぐ電力送電設備(HVDC)の見学にいった話を書きました。

その後再び、同設備の管理者であるデンマークのTSO Energinetの方のお話を伺う機会があり、そこで
「デンマークとイギリスを結ぶ HVDC Viking Link を作ってから、デンマークの安い再エネ電気をイギリスに送電できるようになった。イギリスの電気料金はすごく高いから、デンマークから送電できるようになってEnerginetは儲かっているんだよ」
という話を聞きました。

なるほど他国との電力融通はビジネスになるのか!と驚いたと同時に、
日本では同期系統エリア(例えば北海道ー本州)間をまたぐ送電をしても、TSO(一般送配電事業者)は託送料金を請求するだけで、価格差による利益は発電事業者がもらうもの、という理解でしたので、
欧州のHVDCの制度・仕組みをちゃんと理解したいなと思うに至りました。

今回はそんな調査内容の共有です。
長編でして、結論だけ知りたい方は最後までスキップしてください…!


デンマークのHVDCラインの現状


デンマークは欧州では非常に珍しく、国内に2つの同期系統(大陸側の RG Continental Europe と北欧側の RG Nordic)を有することを、以前の記事でご紹介しました。

首都コペンハーゲンのある島(Zealand)にはRG Nordic、大陸と陸続きのユトランド半島にはRG Continental Europeに属した電力系統がそれぞれ敷かれています。

デンマークのHVDC採用のモチベーション

そんなデンマークの電力系統は、隣国のスウェーデン・ノルウェー・オランダ・ドイツ・イギリスとHVDCラインを介して相互接続されています。

2024年11月時点の RG Nordic のデンマークエリアの系統図。図中の紫線がHVDCライン。
イギリス(RG Great Britain)・ノルウェー/スウェーデン(RG Nordic)・ドイツ/オランダ(RG Continental)とつながる計9ラインと、デンマークのdk1-dk2をつなぐ1ラインが存在。
https://www.entsoe.eu/data/map/downloads/  

なぜこんなにHVDCラインを作っているのか。
それには2つの理由「系統の信頼性向上」「クリーン電力利用のニーズ増加」があるようです。

1つ目に、HVDCは異なる同期系統間の送電を可能とします。
これにより1つの同期系統内で電力需給の調整が難しい場合にも、他の同期系統から送受電できるので、(ヨーロッパ全体の)系統の信頼性を向上できる、という利点があります。
もともと同期系統の境目に位置するデンマークは、HVDCを作るに適した場所でした。デンマークとスウェーデンを結ぶ HVDC Konti-Skan Linkは 1965年に運用がはじまっています。

ただ、国内のHVDCのうちイギリス・ドイツ・オランダと結ぶ3ラインの運用開始はいずれも2019年以降です。
デンマークは風力発電の適地であり、オイルショック以来の国策も後押しもあり、30年かけて主力電源にしてきました。電力需給を総量(Net)で比べると、同国はエネルギー消費国からエネルギー生産国に変容してきています。
その結果、クリーンな電力を使いたい国へ、電力余剰を輸出するという戦略をとれるようになっています。(以前ご紹介した Power-to-X も同じ経緯)

イギリスのTSO National Grid による Viking Link の説明には以下の記載があります。

The interconnector enables the more effective use of renewable energy, access to sustainable electricity generation and improved security of electricity supplies. It also benefits the socio economy of both countries.

National Grid : About Viking Link
https://www.viking-link.com/

5か国に繋がる10本のHVDCライン

2024年現在で、デンマークのHVDCラインの合計容量は 4850MW (デンマーク国内の連携線 Great Belt Link の容量を除く)に上っています。

デンマークの電力需要は数GWオーダーなので、HVDCの送電容量だけを考慮すれば、日々の国内の電力需要とほぼ同等の容量を他国と融通できます。

連携線で繋がる隣国の需給の状況によっては、連鎖的にデンマークが送受電する量も増えます。
たとえデンマーク国内の発電量が国内の需要と近しい場合でも、(送受電の仲介地として)他地域への送受電が発生している場合もあることに留意が必要です。


Energinet : THE ENERGY SYSTEM RIGHT NOW (現地: 2025年2月3日10:40ごろ) 
この時は風力発電は1GWほどに留まり、オランダ・スウェーデン・ドイツから受電していました。https://en.energinet.dk/energisystem_fullscreen/ 


それぞれの連携線の場所、容量は以下のとおりです。

RG Continental - RG Nordic (dk2) 間
Kontek Link(ドイツ Bentwisch - デンマーク Bjaeverskov):600 MW

Great Belt (Storebælt) Link(デンマーク dk1 - デンマーク dk2) : 600 MW

RG Nordic - RG Continental (dk1) 間
Konti-Skan Link(スウェーデン Stenkullen - デンマーク Vester Hassing): 300 + 250 MW

Skagerrak Link(ノルウェー Kristiansand - デンマーク Tjele): 250 + 250 + 400 + 700 MW

RG Great Britain - RG Continental (dk1) 間
Viking Link(イギリス Lincolnshire - デンマーク Vejen): 1400 MW

RG Continental 間
COBRA Cable (オランダ Eemshaven - デンマーク Estrup):700 MW

COBRA Cableは特殊で、同じ同期系統に対してHVDCを引いています。
デンマーク State of Green の記事によると、この狙いは送電損失の削減や、再エネ輸送をより低コストで実施する*こと、両国間の送電経路を確保することなどがあったようです。

Concretely, the collaboration was designed to fulfil the following objectives:
- Facilitate the transmission of renewable energy across national borders
- Lower the cost of the transition to renewables
- Enhance security of supply in Northwestern Europe
- Create a strong interconnected European electricity grid

State of Green in Denmark: The Cobra Cable: unleashing green energy flows between Denmark and the Netherlands
https://stateofgreen.com/en/solutions/the-cobra-cable-unleashing-green-energy-flows-between-denmark-and-the-netherlands/


HVDCによる送電ビジネス: Viking Link の例

これらのHVDCはどのように運用され、投資回収されているのでしょうか。
今回は Viking Link について調査してみました。

Viking Link のプロジェクト予算は £1.7 billion (3240億円)

英TSO National Grid のリリースによると、デンマーク・イギリス間のHVDC「Viking Link」のプロジェクト予算は£1.7 billion (約3240円)とのこと。

参考までに、2023年に日本のOCCTOが示した、全国の系統増強マスタープランの試算額が「7兆円」で、そのうちの「北海道ー東北ー東京」ルート増強の資産額の規模(2.5〜3.4兆円)です。

The £1.7 billion project is a joint venture between National Grid and Danish System Operator, Energinet, and has the capacity to transport enough electricity for up to 2.5 million* UK homes, bringing over £500 million of cumulative savings for UK consumers over the next decade* due to cheaper imported power from Denmark.

National Grid: National Grid announces commercial operations of Viking Link – the world’s longest land and subsea interconnector
https://www.nationalgrid.com/national-grid-announces-commercial-operations-viking-link-worlds-longest-land-and-subsea?utm_source=chatgpt.com

この規模の予算の投資回収を、両社はどのように見込んでいるのでしょうか。

Energinet の損益計算書には「Income from interconnections」欄がある

Energinet の Income Statement (PL: 損益計算書) からその答えを探ってみます。下図は2023年の同社のPLです。

Energinet : Financial Statement 2023
https://en.energinet.dk/media/teshd2hg/financial-statements-2023.pdf 

「Tariff income TSO Electricity」がいわゆる託送料金で4,066MDKK(約870億円)となっているのに対して、
別途「Income from interconnections」という項目があり、そこで3,240MDKK(約700億円)が計上されています。

託送料金とほぼ同じ規模の料金を、他国との電力融通によって得ていることがわかります。
なお、2022年は6,468MDKK(約1400億円)とさらに多くなっていますが、これは燃料価格高騰の煽りを受けた一時的な上昇とのことです。2021年は2,502MDKKでした。

(イギリスーデンマーク間のViking Linkの開通は2023年12月なので、この決算書には同設備の稼働結果は反映されていません。24年のPLを読みたい。。。)

投資銀行や調査会社の記事によると

北欧投資銀行の以下の記事では、Viking Link の利用による Revenue はEnerginetとNational Grid間で均等にシェアされる、とありました。
運用開始後3四半期までに、5,000 GWh の送電があり 105M EUR を創出とのことでした。

送電量を料金で平均すると、約 21 EUR/MWh (3,300円/MWh → 3.3円/kWh)となります。

Impact
The benefits of this enhanced connectivity are already becoming evident. In its first three quarters of operation, approximately 5,000 GWh have been shared over the link since the start of operations, with 80% sent from Denmark to the UK, according to Energinet. During this time, the Viking Link has generated about EUR 105 million. This is shared equally between Energinet and the UK’s National Grid and is used to operate and expand the Danish transmission system, reducing the need to fund these activities through electricity tariffs.

Nordic Investment Bank: The Viking Link: Bridging time and energy
https://www.nib.int/cases/the-viking-link-bridging-time-and-energy

欧州のエネルギー市場調査会社Montel Groupの記事では、
2024年3月時点で Viking Linkは 14M EUR の売り上げを創出、うち10M EURは利益計上、4M EUR は他の事業者の収益になるように配分された、と記載がありました。

The Viking Link has generated revenues of EUR 14m since going live on 29 December last year, with TSOs National Grid and Energinet taking EUR 10m of this profit and traders EUR 4m, said Phil Hewitt, Montel’s CTO, at the Danish Energy Day in Aarhus.

Montel Group: Danish traders dominate Viking Link trading
https://montelnews.com/news/7a13b286-34f3-4aba-9bd3-491e5f5a1164/danish-traders-dominate-viking-link-trading


HVDCの運用コストの回収元はどこなのか

現在の日本では基本的にはレベニューキャップ制度に基づく託送料金が、系統増強の投資回収の原資となっているのではないかと思います。
5年ごとに送配電計画を評価・実行する(託送料金を見直す)サイクルを回そう、という仕組みですね。

欧州におけるHVDCの開発・運用方針を定めた規則(Commission Regulation)をみると、開発の前に費用対効果分析をすることが定められています。
このあたりは日本のマスタープラン制定でやっていたB/C分析と近そう。項目には融通における調整力や需給ひっ迫の緩和などもあります。

Principles of cost-benefit analysis
1. HVDC system owners, DC-connected power park module owners and DSOs, including CDSOs, shall assist and contribute to the cost-benefit analysis undertaken ... (略)

2. A cost-benefit analysis shall be in line with the following principles:

(a) the relevant TSO, or HVDC system owner or DC-connected power park module owner, or their prospective owner, shall base its cost-benefit analysis on one or more of the following calculating principles:
(i) the net present value;
(ii) the return on investment;
(iii) the rate of return;
(iv) the time needed to break even.

EU : COMMISSION REGULATION (EU) 2016/1447 of 26 August 2016
CHAPTER 3 Cost benefit analysis Article 66
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX:32016R1447#d1e699-1-1 

さらに調べると、発電事業者がHDVCの利用容量を確保するために、市場を介して競争入札できる仕組みが用意されていることがわかりました。
この容量販売が、Energinet(とNational Gridの)収入源「Income from interconnection」になっているわけです。

Registering your company is the first step towards buying up to 1400MW of capacity between Great Britain and Denmark via a variety of auctions. Auctions will include Yearly, Quarterly, Monthly, Daily and Intraday explicit auctions.

Viking Link currently offers Daily and Intraday auctions, with long term auctions being introduced at a later date.

Viking Link : Registration
https://www.viking-link.com/trade-with-us

デンマークからViking Linkを介して送電し、イギリスへ売電する方法

Montelの記事で説明されている時系列に基づくと、デンマーク(や周辺国)の発電事業者がイギリスで売電するまでの1つの手順(Nomination権利なしの場合)は以下のとおりです。

  1. Viking Link の利用登録を行う、所定の審査を通過する

  2. 専用プラットフォーム(JAO)でViking Linkの送電容量を落札する
    (Day-aheadの場合、前日 9:50AM CSTまで)

  3. イギリスのDay-ahead market(EPEX)の売電権を落札する
    (Day-aheadの場合、前日 10:20AM CSTまで)

  4. 落札した時間に所定の量を発電する


Day-ahead market の約定結果は Joint Allocation Office (JAO) のWebサイトから確認することができます。
下図は2025年2月4日の Viking Link のDay-ahead market の約定結果(デンマーク→イギリスへの送電)です。25事業者の入札があり、10事業者の電源合計700MWが約定したようです。

JAO (Joint Allocation Office) :
2025年2月4日の Viking Link Day-ahead market の約定結果
(デンマーク→イギリスへの送電、各時間700MW上限)
https://www.jao.eu/auctions#/

送電容量販売というビジネスモデルが成り立つには

Viking Linkが「送電可能な容量」を競争入札する、というビジネスモデルを採用したのは、 デンマーク(と周辺国)の発電原価 < イギリスの発電原価という関係が長期的に続くことを見越しているということかと思います。

発電事業者は「①自らの発電量を予測」し「②デンマークとイギリスの市場価格差を予想/確認」した上で「③Viking Linkの送電容量を落札」した分だけ「④イギリスの市場へ売電」することを通じ「⑤ (市場価格差 - 送電コスト)×発電量だけ追加的な利益を生み出す」というビジネスをします。

トレーダーの考えることが多く、力が試されそうです。

ということで、さきに触れたMontel Groupの分析結果
「2024年3月時点で Viking Linkは 14M EUR の売り上げを創出」
の実態は
10M EUR:Viking Linkの落札された送電容量に関わる売上
4M EUR :「⑤ (市場価格差 - 送電コスト)×発電量の追加的な利益」
というわけでした。

以下の詳細レポートの Figure 2 が非常にわかりやすいので、ご興味あればぜひご覧ください。


逆に、両国の発電価格に値段差がつかない地域のHVDC(ノルウェー・スウェーデン)には、このコスト回収モデルは適用しずらいように思います。
実際にJAOでも同国間の送電容量の約定記録などは見つからなかったので、違う料金回収、容量決定の仕組みが適用されていると考えています。

実態については引き続き調査し、また別の記事でご報告できればと思います。

記事の内容をまとめると

  • なぜデンマークにはHVDCが多く採用されているのか?

    • 同期系統の境目に位置する国として、連携線をHVDCにするモチベーションが高かった

    • 近年は風力発電導入先進地域として、クリーン電力輸出の手段としてもHVDCを採用するようになった

  • HVDCの投資回収方法は?

    • 現在の日本では、託送料金の中に織り込んでいる
      (今後もレベニューキャップ制度の元で同じ運用をする想定と理解)

    • 連携地域間の発電価格差が著しい場合には、TSO→発電事業者へ「送電容量を販売する」というモデルが成り立ちうる

    • 他の方法もあるかもしれない(調査中)

筆者がわかっていないこと

本記事の筆者は以下のことについてわかっていないので、ご容赦いただきたく思います。また、ご存知の方がいましたらご教示いただけますと大変ありがたく思います。

  • 約定した送電容量に対して、発電電力が乖離した場合どのように処理されるのか(インバランスは約定した市場からのみ請求されるのか、Viking Linkからも請求されるのか?)

  • 仮に約定した送電容量にデンマークで発電できたとして、需給変動等の理由でViking Lingからの電力が約定した容量と一致しなくても問題にはならないのか?(Energinetのリアルタイム需給の様子を見ると、約定量どおりにはイギリスへ送電できていない時間もあるように見えます)

  • 風力発電の発電側インバランスを抑制するための現在のプラクティス
    (これまで需要側に注目していた人間でして、初学者です。。。)

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