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働くことを通してどう生きるかを考える

この文章は、panasonic・note・Voicyで開催する「#私にとってはたらくとは」の参考作品として主催者の依頼により執筆したものです。

「NASAをやめて、自分でスタートアップを立ち上げようと思っている。」

これまで長年、研究開発にともに携わってきた同僚に先日打ち明けられた。彼とは僕がインターンだった頃から一緒にやってきた仲で、一番身近にいる兄のような存在の先輩だった。いつまでも一緒に働けると思っていたので、ショックだった。

しかし、「そのほうが自分が開発してきた技術を宇宙開発だけではなくて、電気自動車や環境問題とか他の分野にも応用できるし、スピード感も早い」という彼の考えには納得させられた。それに、自分にはなかった視野の広さに感心させられた。

当然だが、一から自分でスタートアップを立ち上げるので、今の安定した収入や待遇も約束されてはいない。それでも、NASAをやめて違う方法でアプローチしたほうがより社会に貢献できると言い切った、リスクを取ることを恐れない彼の判断を素直に尊重したいと思った。

この夏で、僕がNASAジェット推進研究所に勤めてから5年が経った。この5年のうちに、初めて開発に携わった探査機が火星に着陸したし、自分の専門分野の研究開発でも責任のある立場を任せてもらえることも増えてきた。

そんな中、新たな挑戦やより良い待遇を求めてJPLを離れていく同僚も少なくない。そんな人の流れが早い環境に身を置いていて、僕自身もこれまで自分が歩んで来た道を振り返り、これからの自分のキャリアについて考えることが多くなってきた。これからの人生で自分は何をしたいのか、自分が何に価値を感じて働いているのか、改めて考えている。

働くとは?

そもそも"働く"とは何だろうか?

"働く" を辞書で引くと「仕事をする。労働する。特に、職業として、あるいは生計を維持するために、一定の職に就く。」とある。簡単に言うと、生きていくために仕事をしてお金を稼ぐ行為、ということだろうか。

実際に僕も、子供の頃は、大人になったらスーツを着て会社に行き、頼まれた仕事をして、その見返りにお金をもらうのだと思っていたし、高校生ぐらいになっても、自分が行けるできるだけ偏差値の高い大学に入って、そこそこ給料の高い企業に就職すればいいか、くらいにしか考えていなかった。

しかしながら多くの現代人にとってこの”働く”という行為はそれ以上の意味があることに変わってきている。

貧しかった時代には「生きるため」「少しでも豊かな生活をするため」と「なぜ働くのか」と考える余裕もなく働かざるをえない状況だった。

しかし、現代は生き方も働き方も自由に選択できる時代だ。単に生活の糧を得るためだけでなく、自己実現や社会貢献のためなど働くことの意味、理由も多様化しているし、仕事の選択肢も広がっている。

自分の特性と向き合って仕事を決めている人も多いし、社会の役に立つ仕事を選んでやりがいを感じている人もいる。また、仕事を通して自分を成長させようと努力している人も沢山いる。

僕の場合は、死ぬときに自分自身に胸を張れる、心から意味があると思えることに人生をかけたいと考えるようになった。

それが僕をNASAに導いた一つの理由でもあったように思う。

世界と理想のギャップを見つける

もちろん、どういうふうに生きるかという問いに、絶対的な答えはない。ただ、一度きりの人生ならば、明確な目標を持って、積極的に自分で人生やキャリアをデザインしていきたい。

スティーブ・ジョブスは「将来を予想して、点(知識や経験)と点をつなぐことはできない。 後々の人生で振り返った時にしか、点と点をつなぐことはできない」と言った。しかし、少なくとも自分の最終目的地を定めて、そこに必要な点を打つような生き方はできるのではないか。

そのときに指針となるのは、何になりたいかではなくて「何をしたいのか」を考えていくことだと思う。職業というのは結局、自分がやりたいことを叶えていくための手段でしかない。問題は「どういう生き方をするか」だ。

その自分の真ん中にある価値観がしっかりしていれば、職業はそれを形にして行く道具でしかないし、周りが何を言ったとしても、環境が変わったとしても、些細な問題にすぎない。NASAをやめてスタートアップを立ち上げる同僚にも彼の真ん中にある揺るぎない価値観を見た。

「何をしたいのか」を見つけるためには世界をじっくりと観察して、自分の理想とのギャップを見つければ良いと思う。もっとこういう社会だったら良いとか、こういう世界にしていきたいという思いだ。

僕自身はもともと社会とか人類の営みはこうあるべきという思い込みが強いタイプの人間なのかもしれない。だからこそ、この広い宇宙で人類がちっぽけな存在で、ほとんどまだ何も知らないに等しいという事実を突きつけられたときに感じた「人類はもっと知っていなければいけない」というある種の悔しさが自分の原動力になっているし、そのギャップを埋めるために日々努力したいと思っている。

働く=夢、未来をつくること

僕にとっては働くことは夢そのものだ。
NASAが作った火星ローバー「キュリオシティ」火星着陸を見て、ここで働くことに憧れ、道なき道を切り開き、やっとの思いで辿り着いた場所だ。

しかし、そんな夢だった宇宙開発の仕事も毎日がドラマティックな訳では無いく、意外にも地味だ。働いているうちの大部分はパソコンに向かって、カタカタとキーボードをうち、シミュレーションを回したり、実験室で目の前の機械を組み立てている時間がほとんどだ。

探査機を作るクリーンルームで目の前に自分の夢だった火星ローバーがあるのに、あまりの日々の忙しさに自分の手元しか見えなくなり、その瞬間を楽しむこと忘れてしまっていたこともある。研究開発をするための予算集めに必死になりすぎて、本来集中するべき研究が疎かになり本末転倒になることもある。何のためにこの仕事をやっているのか見失うこともある。

だがそんなときにこそ、自分が思い描いていた夢に、より大きなビジョンに、意識的に立ち返って、自分の現在地を確認するようにしている。日々の地味な仕事は、目に見えないような小さな積み重ねかも知れないが、この小さな積み重ねが、大きなミッションの成功へと繋がり、未来につながることになると信じている。

僕にとって働くことは、自分の夢ややりたいことを叶えていく、自己実現の手段でもあるし、自分ができることを通しての、人類社会への貢献でもある。

ここで働くことで、人類の未来を創ることに貢献していきたい。火星から岩石のサンプルを持って帰ってきて、中に生命の痕跡が残されていないか覗いてみることや、月面基地に使われる技術を研究開発するのは、人類の知的な境界線や、物理的な境界線をひろげることに近い意味を持つと思う。

僕の場合は、宇宙開発がかっこよくて憧れたところから始まったが、そこを目指してやってきた過程で、少しずつそれに対する抽象度が上がってきている。いまNASAで働いていく中でも、なぜそれをかっこいいと思うのか、なぜやりたいと思うのか、それを通して「何をしたいのか」「どう生きたいのか」ということを日々考え続けている。

まずはこの場所で、自分ができることを地道に続け、宇宙開発や人類の知的な発展に、小さな石の一つでも積み上げられるように頑張り続けたいと思う。


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