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タバコぉ!

正直に言うと環境問題についてそれほど危機感を持てていない。遠く離れた寒冷地帯に住むシロクマの話をされてもピンと来ないのは、僕の環境問題への意識の低さなのか、動物愛の欠如なのか。いずれにせよ「ああ、あいつらも大変なんだなあ」としか感じない、温暖化する地球と相対する冷酷な心を持っているのが僕だ。

だからSDGsなんて言われるともっと困る。聞くところによると大阪万博に関連する企業は業務上でSDGs的な何かをしていないと除外されるらしく、みんな形だけでも「取り組んでます!」「SDGs最高!」みたいなポジションを取っているらしい。持続可能な世界、なんて言われましても。息子の世代と、そのひと世代下までが想像力の限界だ。

そんな僕でも反応的に「嫌だな」と思ってしまう環境問題がある。ポイ捨てだ。主にタバコ。道端に落ちている物を見るのが嫌なのではなく、人が物を捨てる瞬間を見るのが不快で仕方ない。尊敬できそうな人と出会っても、そういった態度を見るだけで一気に萎える。彼らは普段どれだけ鬱屈とした日々を送っているのだろうか。毎日きちんと食事をし、排便をし、仕事や勉強に疲れ、ある程度寝る。そんな生活をしていれば、タバコを歩きながら吸い、そしてその吸い殻を道端に捨てるなんて愚行するはずがないのだ。ニコチンによって「大人としてやっていいかどうか判断する機能」みたいなものが溶けてしまっているのだと思う。気の毒で仕方ない。

2022年にオーストラリアから一時帰国した際に驚いたのは、異常なまでの三密マスク着用だった。そのルール自体は仕方ないと思うのだが、それらをきっちり守る日本の人たちにはもっと驚かされた。さらにその驚きを越えてきたのが羽田空港ターミナルにある喫煙ブースの状況であった。タバコを吸うから当たり前なのだが全員ノーマスクで、しかも満員電車状態。吸い終わると、何事もなかったかのように「さあコロナには気をつけよう!」と言わんばかりにマスクを着用し颯爽と去っていく。やはりタバコを吸う人はどこかおかしい。正常な判断ができなくなっている。ニコチンに取り憑かれておかしくなっている。

僕も感覚が麻痺してきて、携帯灰皿を持ち運んでいる人を見ると、なかなかやるやん、と思ってしまう。いやいや、危ない危ない。そんなのは当たり前のことだし、そもそも携帯灰皿を持ち運んでいる人は吸うべきでない場所で吸っていることが多いのでグレーに近い。
でもなあ、彼らの言い分も分かる。喫煙者は年々肩身の狭い思いをしているはずだ。喫煙所は撤去に次ぐ撤去。とうとう新幹線でも吸えなくなってしまった。じゃあどこで吸えばいいのさ!と言いたくなる彼らの気持ちも分かる。ドラマ「不適切にもほどがある!」では昭和からタイムスリップしてきた主人公がバスの中でタバコを吸い始め、極悪殺人鬼のように扱われるシーンがある。人間の身体は変わりないのに、昔はよくて今はダメという理屈は通らない、気がしないでもない。
と、喫煙者に寄り添ったパートも入れてみたが、やっぱり違うな。タバコは誰にも害がない場所で、こっそりすばやく吸うべきだ。日本の会社は日に5回くらいタバコ休憩が許されるのはあれ何なんでしょうか。行くな!行ったとしてもすぐ帰ってこい!あとタバコ吸った後に缶コーヒー飲むな!マジでウンティネスの臭いがするから!

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松本拓郎
サポートしていただいたお金を使って何かしら体験し、ここに書きたいと思います。