5万人の静寂
5万人の静寂を聞いたことがあるだろうか。僕はある。
2023年3月16日東京ドーム、WBC日本代表は準々決勝でイタリアと相対した。バット職人の友人にチケットを取ってもらい、オーストラリアから一時帰国して東京へ。
この年から声出し応援が解禁され、ちょうどこの日、3月16日からマスクの義務化もなくなった。やっと本来の野球が戻ってきたとばかりに、この大会は代表合宿の時点で大盛り上がりであった。
ダルビッシュ、山本由伸、村上宗隆、、おそらくこの先揃うことはないくらいの豪華メンバーの中で、圧倒的存在感を誇っていた男がイタリア戦は2番投手でスタメン出場した。大谷翔平である。
試合前から雰囲気は異様であった。すぐ近くがamazon Primeの放送席だったので、辻発彦氏とEXITの兼近氏が超至近距離にいた。
大谷翔平と水原一平がウォーミングアップをするために外野席に出てくる。それだけでもう大歓声だ。大谷は水原一平以外は誰も寄せつけない雰囲気を醸し出し、いつものルーティンを淡々とこなしていた。これは大谷に限らずだが、試合前の先発ピッチャーほどナーバスな生き物は他にいない。初回に少しでも気を緩めようものなら、その試合はぶち壊しになり、高いお金を払ってわざわざ来てくれた観客を失望させることになるからだ。しかも国際試合となるとそのプレッシャーは、、考えただけで恐ろしい。
試合前の始球式は一般公募で選ばれた野球少年が担った。キャッチャーまで綺麗な一球を投じ、東京ドームは割れんばかりの拍手で少年を労う。野球はこうでなくっちゃ。3年耐えて、みんな待っていたのだ。少年の始球式で大歓声が起こったあの時あの瞬間にコロナは終わったと思う。そして、これからとんでもない何かが始まることだけは確かだった。
大谷翔平が準々決勝のマウンドに上がる。あの大谷がいる。あの大谷が日本のために帰ってきてくれた。投球練習からみんな大谷を見ていた。ファーストには東京ドームを本拠地として暴れまくっている岡本和真、セカンドには陽キャ人気者牧秀吾、サードにはその前年ホームラン記録を樹立した村上宗隆。とんでもないスターたちが目の前にいるのに、全員が霞む。大谷翔平しか見えない。
プレーボールの合図がかかり、大谷が投球モーションに入る。その時、東京ドームは、静寂に包まれた。皆が息を潜めて第一球を待った。そして一球投げ込まれ、安堵の混じった歓声が沸く。ストライクかボールかは忘れてしまったが、示し合わせたかのようにスタンドの観客たちが長い深呼吸を一回終えた。それが始まりの合図であった。
いまは野球の世界大会、プレミアが盛り上がっているがあのWBCを越える熱気はしばらく味わえないだろうよ。