お前って言うな
「なぜか夢に出てくる人」っている。
僕は占いも霊感の類も信じないが「亡くなった知人はよく夢に登場する」理論は信憑性があると思う。同じ体験談を語る人を結構見てきたので、霊的な何かが僕たちの睡眠に入り込んできているのかも、と思わずにはいられない。
僕の夢に登場する彼は小中学校の同級生だ。まっさんというあだ名の彼は僕と同じ野球部で、ふくよかな体型を生かしたバッティングが持ち味だった。4番を任され、キャッチャーもしていた。ただ勉強は全くできなかったし、じっくり会話することもできない。すぐに下ネタに走る。人望はなかった。4番キャッチャー史上一番人望がなかったのではないか。もう少しIQが高ければガキ大将になれたが、なりきれなかった。なりたいけどなれなかった。それがまっさんである。
勉強が全くできなかった彼は、受験会場に時間通りに行けば入学できる全寮制の高校に入った。校則が厳しいことで有名なその学校は、いくら勉強ができないと言ってもまっさんは行くのが嫌だったようだ。中3の終わり頃からようやく受験勉強を始めていたが、全ての教科は1年生の4月で止まっているので「こんなに分からへんとは」と驚愕していた。そらそうやろ。本当に勉強ができない人は、参考書が理解できないというよりもまず、自分が何を理解していないのかを理解していないのだと思う。
兎にも角にもまっさんはその高校に入学し、当然野球部に入った。同じ姫路市内の高校ということもあり、1年生の時に練習試合で一度だけ一緒になった。その時もやはり彼は長打をかっ飛ばしまくり、巨体を揺らしてグランドで暴れていた。野球が彼の人生を支えていたのだ。勉強ができなくても、全寮制で遊べなくても、野球があることで社会とつながっている。
2年生になり、公式戦で彼の高校と対する事になった。しかしいくら探してもまっさんがいない。メンバー表にも名前がない。野球だけの男がなぜ?
彼は学校を辞め、夜な夜なバイクでバカそうな奴らとバカなことをやっていると人伝に聞いた。それはガキ大将になりたかった彼の念願だったのか、ただの逃避だったのかは分からない。
それからは悪い噂ばかりが流れてきた。同居していたお爺ちゃんをバットで殴って警察沙汰になったとか、暴走族もどきのようなことをしてグループを取りまとめているとか、まったく健全ではないものばかり。
まっさんのお爺さんは野球の指導に熱心で、試合は必ず来ていたし、練習も離れたところから眺めていた。彼は家庭に事情があって、お爺さんお婆さんと3人で暮らしていたのだ。そのお爺さんを、ましてやバットでなんて、考えただけでも恐ろしい。そのバットは、お爺さんを喜ばせるための物だったはずだ。
最後にまっさんと会ったのは高校3年生の時に地域の秋祭りに参加した時だったか。そこで彼は「俺3人とヤッたで!」と誰かに話したくて堪らなかったという語り口で嬉しそうに語っていた。僕は童貞真っ盛りだったので、こいつで3人できるなら俺もできるなと、変に勇気づけられたことを覚えている。
最後のやり取りでいうと成人式の時だったと思う。彼は来なかったのだが、中学の同級生と撮った集合写真をSNSに出したところコメントが来た。
この時「お前」と言ってしまったこと、そしてこれが最後のやり取りになってしまったことは、たまに今でも思い出す。一緒に野球をしていた時のように、まっさんと呼んであげればよかった。この成人式の日から2年後、まっさんは死んだ。糖尿病だった。今も夢で出てくるのはきっと、あの時「お前」呼ばわりしたから、そしてお葬式に参列しなかったからだ。いくらでも出てきてくれていい。死んだ人は忘れたくないから。