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英検1級を取らないといけなくなりました⑥

脳科学上「やる気スイッチ」というのは存在しないらしい。何かをやる前に「やるぞ!」とはなりにくいのが人間で、やっていくうちに「もっと!もっと!」となるのがやる気の正体だと聞いたことがある。よく耳にするドーパミンはもっともっとの最中に分泌される脳物質だ。
本田圭佑氏はこう言っていた。
「動物は泳ぎ方なんて知らなくても、水の中に投げ込まれたら必死泳ごうとするじゃないですか。それと同じことを僕らもやればいいわけですよ」
まずは飛び込んでしまえ。やり始めれば楽しいから。

ここ2ヶ月ほど、英検の勉強を全くと言っていいほどやっていない。アプリを開くのがめんどくさい。過去問はあまりに難しかったら怖いのでいまだに見れていない。発音が合っているのか不安でオンライン英会話で新しい単語を使うのに躊躇する。水の中に飛び込む勇気がないのだ。
僕がなぜ英検1級を取らないといけなくなったかを知らない方も多いと思うので以下にまとめる。

前回までのあらすじ
会社の「偉い人面談」で「この仕事してて英検準一級も持ってないのはありえへんから」と言われ、カチンときた僕は「どうせなら1級取りますけどねえ」と失言してしまい、来年の7月までに取得しなければならなくなった。まずはmikanという心強い相棒アプリに出合い、コツコツと努力を続けているが、、

知っているのだ。英語学習は楽しい。聞けなかった英語を聞き取れるようになると舞い上がる。でもmikanアプリを開くあのワンタップが重い。むけお(mikanのイメージキャラクター)は毎日22時になると通知で「勉強の時間だよ」と言ってくれるが、今ではもう無視するのが当たり前になってしまった。むけおの期待に応えられないのが悔しい。むけおに申し訳ない。
そらそうだよ。僕は飛び込みたくないんだもの。

英語学習を始めたのは忘れもしない2018年の春のことだ。当時は25歳になろうかというときで、そのときにやっと自分には何もないことに気づいた。多少は興味があって、今から努力しても恥ずかしくもないもの、それが英語だった。始めた頃は英語、というよりもTOEICの勉強をするのが楽しくて仕方なかった。自分の努力が数字として見えるのが嬉しかったし、なんとかなりそうかもと思えたのが良かったのだ。それから6年、留学やらワーホリやらいろいろ経てなんとか英語を使う仕事にはありつけているけれど、僕の英語力なんてそのほとんどは2018年の熱狂していたあの頃に身につけたものだ。本当に迷惑な話だけれど、北浜のモスバーガーでスタサプイングリッシュをコツコツやっていたあの時間が今の僕を作っている。

なんであそこまで深く潜れたのだろうと考えてみる。
一つ見えたのは、当時は英語に莫大なお金をかけていたことだ。セブやマルタへ留学に行ったし、オンライン英会話もしていたし、教材費、TOEICの受講費用もバカにならない。貯金の切り崩しは「やらなしゃあない」の起点を生み出し、やってみると「分からなくて悔しい!もっとやろう」の好循環ができたわけだ。
31歳になり、変に貯金ができてきてしまった。分厚い参考書一冊買ったくらいでは揺るがなくなった。おそらくその危機感から逸脱したコンフォートゾーンでの停滞が良くない。それは結果的にむけおを無視してしまっている。

もっと英語に投資をしていってもいいのかもしれない。ディズニー英語みたいな、あえて怪しそうで価格帯が高いものに手を出すのもアリなのか!?

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松本拓郎
サポートしていただいたお金を使って何かしら体験し、ここに書きたいと思います。