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笑顔は少なかったけれど

幸いなことに最近は家でも職場でもそれ以外も、比較的笑っていることが多い。どれだけ寝不足で元気のない日でも、結果的に「今日も結構笑っていたな」と思いながら布団に入るようになった。完全に周りの人間のおかげなのだが「日本語が使えるようになった」というのはあまりに大きい。

豪国での4年間も楽しかったが、やはり言葉のストレスはあった。ましてや僕は根っからの関西人お笑いボケたいマンなので、英語で満足に笑わすことができなかったのは悔いている。
おそらく、とんでもなくつまらないやつ、として見られていたと思う。

以下、とある会話の日本語訳である。
「Tak!家ではいつも何してるんだ?」
「Netflix見て、本読んで、そんな感じかな」
「ああ、そうなんや」
終わり。

本当ならば「辛ラーメンの新レシピを考案してる」とか気の利いたことを言いたいのだけれど、もう普通のことを返すので精一杯なので頭が回らない。真面目なやつ、ボケをボケと思えないやつとして扱われるのが苦痛であった。

まず、英語力以前に海外の人の笑いのツボが分からなかったので攻略が難しかった。シドニーで是枝監督の「怪物」が上映されたので見に行った時も、あまりの笑いどころの違いに度肝を抜かれた。かなりシリアスなシーンだと思っていたら割れんばかりの笑いが起きる。感動的なシーンだと思っていたらやはりまた笑う。分からん。むずすぎる。

言語が無理なら身体を張るしかあるまい。異国で何とか爪痕を残したかった僕は暴挙に出た。それは僕が働いていたストロベリーファームのお疲れ様会でのことであった。300人キャパの会場を貸切、いかにも海外っぽい会食パーティーの中でカラオケ大会が挙行された。いくらノリの良い人たちとはいえ、みんな躊躇して歌わない。ここが僕のラストチャンスだと思った。

誰にも求められてないのに僕は黙って前に出てマイクを持つ。会場は異様な雰囲気に包まれる。なぜなら僕は数少ない日本人として認知はされていたが、前述したように寡黙なつまらないやつとして見られていたからだ。

なぜか歌う私

OasisのDon’t look back in angerを歌い切った。会場は沸いた、と思う。そして笑っていたと思う。そこには「なんでこいつが率先して歌ってんねん」という笑いが含まれていたはずだ。笑うことが少なかったオーストラリアだったけれど、この時は自分が笑う以上のカタルシスがあった。

サポートしていただいたお金を使って何かしら体験し、ここに書きたいと思います。