オフィスビル悪臭事件
勤務している会社のオフィスは雑居ビルの一室で、トイレは他の会社と共用だ。そのためトイレを使用するには一度オフィスを出る必要がある。
男性用小便器2つと洋式便器が2つ。いたって普通のビル内のトイレだ。ある日の仕事の休憩がてら、オフィスを抜け出しトイレで手を洗っていると、上司の社員Bがやって来た。
このnoteにも数回ほど登場した社員Bは、社長と僕たち平社員をつなぐクッション的な役割をしてくれるので、日頃からとても頼りにしている。その社員Bとトイレで鉢合わせた。
入室してくる社員B、手を洗っている僕。先ほどまで会っていた人間で、またこの後も会うのでわざわざ挨拶することもない。ういっすと目配せして、Bは洋式便所へ入っていった。
洋式便所2つのうち、1つは別の人が使っていてロックがかかっていたので、自動的にその残りの一つしかBにオプションはなかったのだ。
僕は手を洗った後、鼻毛が気になったので鏡の前で食い入るように自分の顔をチェックしていた。洋式便所に入って7秒くらいした後だろうか、Bが中から出てきた。そして何も言わずに僕の隣で手を洗い出し、僕と同じタイミングでオフィスに戻った。
あの7秒は一体なんだったのか。男同士といえどトイレの中はやはりセンシティブだ。しかも会社と上司と部下。いくら話しやすいといえど「何しに来たんですか?」とは言えない。僕は何事もなかったかのように仕事に戻る。Bも平然と仕事をこなしている。
その平然が逆に不気味であった。あなたは何しにトイレへ来たんだ。
「Bさん、洋式入っていって、すぐ出てきて、手洗って出てきましたけど、あれなんやったんすか?」
気になってしかたなかったので、気がつくとそんなことを口にしていた。
「あー、それ聞く? やめといた方がいいよ」
やめといた方がいい? 逆に気になる。
「いや、気になります」
「引き返すなら今だよ?」
「覚悟はできてます」
「なら言うよ」
Bは回転椅子をクルッと90度傾け、僕と向き合う。
「大便をね、しようとしたのね」
「はい」
当たり前だ。だから洋式の個室へ入っていったんじゃないか。
「そしたら中がとんでもなく臭かったんだよね。すぐ出ようかと思ったんだけど、外に松本君がいるかもしれないから、ちょっと待ったんだよね。ハンドドライの音が聞こえたからもういないだろうと思って出たら、なぜか鏡の前に君がいたわけだ」
たしかに僕は手を洗い終えたあとに鼻毛が気になったので、しばらく残留していた。
そして、その臭いの正体は完全に僕のウンティネスだ。Bが来る直前に僕がぶちかました。
「それがあの7秒間の」
「正体だね」
「すいません、それ僕が放出した臭いです」
「知ってるよ。だから僕言ったじゃん。やめときなって」
僕たちの間に挟まれてその会話を聞かされていた女子社員、このnoteの読者でもある社員Aは爆笑している。
「僕の便は、そんなに臭くないです!」
「ごめん、本当に臭かった」
「いまやったら臭い取れてるはずなんで、今から行ってきてください!」
「引っ込んだよ!臭すぎて!」
正直信じられなかった。自分の排泄物にそこまでの威力があるとは思ってもみなかった。そういえば妻にも臭い臭いとよく指摘されるが、それは家族だからこその「じゃれあい」だと認識していた。本当に臭かったのだ。
あれ以来僕は、わざわざ階段を降りて下のフロアで気張るようになった。いいんです、Bさん。僕後輩なんで。僕が動きます。
新天地の少し離れたトイレで「完了」させ、個室から出る。同時にガチャっとドアが開き、そこへ入ってきたのは、他ならぬBさんだった。