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一番嫌な仕事
コロナ以降はすっかり見なくなってしまったが、阪神タイガースの本拠地甲子園では7回の攻撃前にジェット風船を飛ばすのが名物となっている。球場の95%は阪神ファンで占めるので、およそ4万もの風船が一斉に宙を舞うあの景色は爽快である。もちろん相手チームも7回の攻撃前に飛ばしていいが、アウェイ感のある中、風船を膨らませて飛ばすのはなかなか勇気がいる作業だ。阪神ファンに白い目で見られながら風船を飛ばせるあの人たちは革命家の素質がある。
夏の夜、色とりどりのジェット風船は足並みをそろえて舞い上がり、ヒラヒラと落ちていく。初めて球場に来た少年少女は一生の思い出となるだろう。しかし、僕はこの7回の光景が嫌いだった。というか見てられない。選手が気の毒だからだ。
選手が気の毒?どういうことか。甲子園に行ったことがない読書様のために説明しよう。
4万超の阪神ファンは7回裏の攻撃前に風船を飛ばす。風船を飛ばすとはどういうことか。そう、風船を膨らませなければならない。ジェット風船は普通の風船と違って縦に長い。膨らませるのに時間がかかる。そのため何が起きるかというと、7回表の1アウトくらいから客席に風船が目立ち始める。
客席を映さないテレビ中継でも風船の準備が進んでいることはよく分かる。なぜならマイクが破裂音を拾うからだ。
これは7回表に守っている阪神の選手に相当なプレッシャーになっているはずだ。4万人が風船を待って待機しているのだから。特にピッチャーは破裂音も相まって気にせずにはいられない。もし、一番したくない仕事は何かと聞かれたら「甲子園の7回表を投げるピッチャー」と即答する。ボール球を連発しようものなら容赦なくヤジが飛ぶ。ピッチャー交代などあろうものならさらに時間がかかるため、さらに怒号が響く。そして次のピッチャーにもプレッシャーがかかる。甲子園は阪神の選手にとって本拠地のはずなのに、何かがおかしい。
ジェット風船がなくなったことは、リモートワークが普及したのと同列くらいに価値のあるコロナのレガシーだ。大歓声が戻ったのは嬉しいけど、風船はもういいよ。今シーズンも再開は検討中とのことだが、ずっと検討中でいいだろう。
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