2016/07/26
昼はスタジオに入って練習をしていた。
今日から8月4日まで、毎日四人で交代でツイキャスをする。
ツイキャスだからこそできることも沢山ある。ぜひお楽しみに。
行きたい場所やありたい形の話だった。やりたいことが見つからない人はいる。
でも「こんな風にありたいな」は結構あると思う。
『ありたい形、やりたいこと』と実際の行動がかけ離れてると不幸だ。
「本当はこんな事したくないけど仕方ないから」を積み上げすぎると崩せなくなる。
人生は短くて忙しい。
今日は三日前のツイートを使って書いてみる。
僕たちの中には大なり小なり「理想の自分」と「現実の自分」がいる。
ていうか、「いるよな!」って話をしていた。
ここで書いた「理想の自分」は憧れや、その人の目指しているあり方と言い換えてもいい。
「スポーツがうまくなりたい」「明るい人気者になりたい」「学年テストでトップ10に入りたい」
そんな「こんな風にありたいな」をみんなが抱えて生きている。
夢や目標!といった大きな話じゃなくても、みんなの心の中にある
ちょっとした「こんな風にありたいな」でも同じだ。
「笑顔で悩み無く、過ごしたい」「みんなと仲良くしたい」といったあり方も
「理想の自分」と言えると思う。
ここでの「理想」は、「いつまでも寝ていたい」「好きな物を好きなだけ飲み食いしたい」
「100おくまんえん欲しい」といった種類のものとは違う。端的な欲望や、お金とかではないということ。
たまに就活の面接とかでも聞かれる「尊敬する人物」というものがある。
イチローさん、ボス(YAZAWA)、椎名林檎さん、ミスターアインシュタイン、
坂本龍馬先輩、ご両親...etc。
現代のヒーローから歴史上の偉人や、身近な先輩などが挙がる。
そんな心の師匠たちはたしかにお金持ちだったり、
端的な欲望を叶えようと思ったらできるケースが多い。
だけど僕らがその人たちを尊敬しているのはそういう理由ではない。
その人の生き方が魅力的だと思っているからだし、自分もそんな風にありたいからだ。
僕はQOOLANDというロックバンドをやっている。
これがどういうことかと言うと、「僕はQOOLANDという集団にいて、
そこに人生の貴重な時間を使っている」と言い換えられる。
大仰に聞こえるかもしれないが、まぁそういうことだ。
QOOLANDという集団で、行きたい場所やありたい姿がある。
僕なりの「理想の姿」がある。
この「理想の姿」と現実の行動があまりにかけ離れていると、不幸だし苦しい。
だから少しでも自分のありたい姿に近づくために、色んなことをやっている。
人によっては「努力」と呼ぶ人もいるかもしれない。
たしかに表面だけ見ると「やりたくないなぁ」と思うことが無いわけでもない。
何もせず、家で寝ているだけの方がカロリーも使わないし、ストレスも無い。楽に決まっている。
楽ではあるけど、理想とはほど遠い自分の姿に、きっと僕は吐き気がする。
僕も色んなことを怠けてしまうこと、サボってしまうこと、逃げてしまうことが沢山ある。
でも僕の中の「理想の自分」はずいぶんと立派なやつで、楽ばかりしていなかったりする。
だから現実の行動が「理想の自分」に重なった時はテンションがブチ上がる。
人間、出来ることしか出来ないんだけど、
理想の自分はやっちゃってるなら、たぶん出来ることなんだと思う。
「ホンマはこんなことやりたないねんけど、しゃあないからやってんねん。
ホンマの俺はこんなやつちゃうねん」が何日も続くようだったら、
ちょっとだけ気合いを入れて、自分を変えるタイミングなのかもしれない。
【理想と現実】って世の中のことのイメージあるけど、魂の話でもあるなぁと思った。