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『心を整える。』で155万部。「売れない」を打破した編集者・二本柳陵介さんの企画術【アスリート本のTAKURAMI】

「TAKURAMI STORY」では、商品、映像、音楽、写真、物語など世の中にワクワクする企画を提案してきた方々をお招きし、業界や肩書に捉われず、その企みを紐解きます。幻冬舎の編集者・二本柳陵介さんが登場。

かつて出版業界では、「アスリートの本は売れない」と言われていたそうです。

その定説を破り、サッカー元日本代表で現在はドイツ・ブンデスリーガのフランクフルトに所属する長谷部誠選手の『心を整える。 勝利をたぐり寄せるための56の習慣』で155万部を売り上げ、アスリート本として初のミリオンヒットを出したのが、幻冬舎の編集者・二本柳陵介さん。

二本柳さんは、「日本のサッカーを強くしたい」という元サッカー少年としての想いと「自分も含め多くの人の課題であるメンタルについて学びたい」という思いから、「アスリートの『心』をテーマにしたビジネス本」という新しいかけ合わせを生み出しました。

書籍の企画を通して、読んでくれた人の考え方に「刺激」を生みだしたい、と語る二本柳さん。個人的な思いから生まれたアイデアを世の中の多くの人に届けるために、書籍をどのように企画し、それを形にしているのか? 数々のヒット作の裏側を聞きました。

アスリート本の企画を通して、考え方の刺激を生み出したい

──アスリート本の分野で数々のヒット作をおくりだしてきた二本柳さんですが、編集された本は、特にサッカー選手の本が多いですよね。

それは、僕が元サッカー少年で、「日本のサッカーにもっと強くなってほしい」と真剣に思っているからです。2022年のW杯カタール大会に日本中が沸きましたが、いまの盛り上がりがあるのは『キャプテン翼』のおかげだと思っています。あの漫画を読んで、中田英寿さんや中村俊輔さんもサッカーを始めているんですよね。

だから、僕は書籍を通してサッカーを盛り上げたい。だって、大谷翔平選手みたいなフィジカルを持った選手がサッカーを始めてフォワードになったら、点が取れそうだし、最高じゃないですか。

──書籍を読んだ親御さんや子どもたちがサッカーに興味を持ってくれたら、二本柳さんの夢の実現に近づくということですね。こうやって本を並べてみると、「心」をテーマにした本が多いのには、どんな理由が?

「心」や「メンタル」については、そこが自分の弱点であると自覚しているので、企画を使ってアスリートから学びたいという気持ちがあるんです。そして、アスリートのメンタルは一般の人にも必ず役に立つと思っています。

──二本柳さんにとって、書籍の「企画」とは一体どのようなものでしょうか?

おこがましいですけど、手にとって読んでくれた方に「刺激」を与えられたらいいなと思っています。最近、よく走るようになったのですが、走る前に「刺激入れ」をして筋肉を起こすようにすると、そのあとの動きが変わります。それと同じで、読者のみなさんの考え方に「刺激」を与えて、その後の生活に何か変化を生み出すことができたら、最高です。

「アスリートによるビジネス本」というかけ合わせの発明

──かつて出版業界では「アスリート本は売れない」と言われていたそうですね。最初の一冊を企画するのは難しかったのではないでしょうか?

そうですね。最初に手がけたのは2008年に出版した中村俊輔選手の『察知力』で、24万部のヒットとなりました。当時、僕は30歳で、雑誌『ゲーテ』の立ち上げスタッフとして転職してきたばかりだったのですが、まだ創刊前で時間があり、「本をつくろうかな」と企画を出しました。

中村選手の本にしようと思ったのは、雑誌の取材でお会いしたときに「この人の考え方は整然としていてビジネスにも応用できそうだな」と感じていたからです。当時は新書ブームで、アスリートによるビジネス本を新書でつくったら面白いのではないか、と思ったのが最初でした。

──アスリートとビジネス本というかけ合わせは、当時はなかったんですね。

なかったですね。このヒットのおかげで、雑誌が創刊したあとも書籍を企画しやすくなりました。社内でもそうですが、出版業界で雑誌も書籍もつくる編集者というのはほとんどいないと思います。

──そうなんですね。1作目の成功体験が、155万部のヒットとなった長谷部誠選手の『心を整える。』へとつながっていくのでしょうか?

『心を整える。』の場合は企画が先にありました。「次はアスリートの心をテーマにしたビジネス本をつくりたい」と考えていて、そのあとに「誰の本がいいだろう」という順番で考え始めたんです。

そんなとき、取材で長谷部選手にお会いしたんです。スタジオに入るや「よろしくお願いします、長谷部です」と真っ直ぐ挨拶してくれた顔を見たときに、「この人だ!」って確信して。その日の晩にすぐ企画書をつくって、マネージャーさんに送りました。

──企画書にはどのようなことを盛り込んだのですか?

「監督に意見したいときはどうしているか?」とか「ストレスにはどう向き合っているのか」など、すでに書籍の章立てに近いものをつくっていました。

企画を出したのが2009年8月頃で、2010年にW杯南アフリカ大会があったのですが、開幕直前に岡田武史監督が長谷部選手をゲームキャプテンに指名したんです。ビジネス本を出すのにこんな説得力はないから、「完璧だ!」って興奮しましたね。

「ビジネス本らしさ」を削ぎ落として、多くの人に届ける

──自分を起点に企画することは、ともすると、独りよがりなものになってしまう側面もあるように思いますが、『心を整える。』は多くの人にまで届いています。なぜこんなに売れたのでしょうか?

長谷部選手とは違う職業、性別、年齢、いろんな人の人生に応用できる内容だったからだと思います。「心」というテーマを扱う時点でそうなるはずだと、企画段階から想定していました。

──具体的に一般の人に受け入れられるために工夫した部分はありますか?

徹底したのは、サッカーの専門用語や難しい言葉をどこにも入れないことです。僕もビジネス書をよく買うのですが、読むのに気合いが必要なので疲れてしまうこともあって。だから、寝っ転がりながらでも読める本にしたいなと思っていました。

あとは、第1章にすべてを込める。最初に伝えたいことを詰め込んで、その勢いで最後まで読んでもらうことを意識しています。

──『心を整える。』というタイトルも、ビジネス本という感じではないですよね。

このタイトルは、とある女性サポーターのおかげで思いつきました。長谷部選手がドイツのヴォルフスブルクというチームにいたときのことです。地元のサポーターがスタンドで静かに練習を見守るなか、日本人の女性が突然、「ハセー!」と大きな声を上げたんです。一瞬、長谷部選手の顔に動揺が見られたのですが、ピッチを一周して戻ってきたときには、何事もなかったかのように顔がスッとしていた。そのとき「あ、整った」って思って。そこからこのタイトルが浮かびました。

──面白いエピソードですね。

「心」も「整える」も普通の言葉ですが、組み合わせると新鮮さがある。僕は本づくりにおいてタイトルを一番大切にしているのですごく悩むのですが、いいタイトルにできたと思います。タイトルの題字も病院っぽい雰囲気にしてみたり、表紙の色も当時「寒色の本は売れない」と言われていたのですが、僕が思う著者のイメージを優先してターコイズブルーっぽい色にしました。読んでいて心が静まるように、中面の文字も目に優しいネイビーにしています。

──細かいところまで考え抜かれているんですね。

編集って正解のない仕事なので、タイトル、キャッチコピー、デザイン、紙の種類まで、「本当にこれでいいのか」とずっと怯えないといけないんです。ギリギリまでずっと粘って考え続けることをとても意識しています。

「光れ!」そうすれば、企画の方からやってくる

──二本柳さんが日頃、企画の種を考えるうえで大切にしていることはありますか?

まずひとりの人間として光ること。自分を磨いて光れば、いろんな人との出会いやきっかけが舞い込んでくるので。人との接点が多ければ企画の種は向こうからやってくるし、応援してくれる人も増える。学生のみなさんにも伝えたいのは「光れ!」です。

──自分を磨くにはどうしたらいいのでしょうか。

映画を観る、本を読む、恋愛する、なんでもいいんですよ。いろんな体験をして、それを自分の言葉でアウトプットすること。そのためにSNSを使うのはいいですが、ただスマホに頼るだけでは絶対にダメです。欲しい情報だけ得られてしまうから、異物が入ってこない。自分の中に違和感が生まれないといい企画は生まれないんです。

──二本柳さんの場合でいうと、二足の草鞋(わらじ)である雑誌編集の仕事が人との接点をつくる入り口になっているように感じました。

まさにそうですね。雑誌の仕事で出会って「面白い!」と思った方に書籍の企画をオファーすることは多いです。最近もSNS経由で連絡をくださった方がいて、一度雑誌でお仕事をしたんですが、その内容がとても面白かったので、なんとか書籍化したいと思っています。

──それはすごく楽しみです。最後に、二本柳さんが今後やっていきたいことについて教えてください。

やっぱりもう一度ミリオンを出すことです。先ほど話した本をなんとかいいものに仕上げたいです。期待していてください!

■プロフィール

二本柳陵介
大学時代は集英社『メンズノンノ』などで編集アシスタントを経験し、講談社『ホットドッグ・プレス』で編集者として活躍。2004年、雑誌『ゲーテ』の創刊スタッフとして幻冬舎に入社。2015年から編集長を5年間務め、現在はメディア本部コミュニケーションデザイン局局長。現在は書籍や『CORNES』『ACCORDIA』など企業の会報誌も手がけつつ、富裕層を対象とした体験ビジネスのメニュー開発に奔走中。

取材・文:宮島麻衣
取材・編集・撮影:小山内彩希
編集:くいしん