「金閣寺」を読んで考えた旅の美しさ
こんばんわ。
今日はおすすめ図書の紹介と自分の旅について書いていきます。
三島由紀夫著の「金閣寺」です。
1950年、金閣寺焼失。
この実際に起こった事件を元に、「吃音」というハンディキャップを持った、犯人である青年僧の犯行に至るまでの心情の変化や”美”への観念について描かれています。
僕には馴染みのない言葉も多く、読むのになかなか時間がかかりましたが、自分が旅をするに当たって似ている考えがあることにも気づきました。
「金閣寺」の中で、主人公は、父親から、金閣寺はとてつもなく美しい建造物である、と教えられていました。
しかし、実際に金閣寺を観た時、「あれ。思っていたよりも何も感じない」
そんな金閣寺に失望します。
しかし、戦時中、燃えてなくなってしまうかもしれない、未来永劫の建造物ではなく、人間と同じようになくなってしまうかもしれない、そんなとき、金閣は光り輝きます。
人間とかけ離れた圧倒的な存在である金閣寺が自分と同じ環境になったとき、その美しさが現れます。
”美”とは何なのか。ずっとそのまま存在し続けるものではなく、音楽のように移り変わっていくもの、そう僕は読み取りました。
僕が旅をするとき、なんで日本よりも、海外に行ったとき魅力的に感じるのか、わかりませんでしたが、この「金閣寺」を読んで少しだけ分かったような気がします。
日本にいると、いつでも行ける、観光地でもどこでも、行こうと思ったらすぐ行けると思ってしまいます。地元京都でも素晴らしい建造物がたくさんあるけれど、あまり行ったことがありません。。
しかし海外の場合、距離的なものもありますが、国の情勢を考えると、日本と比べ不安定であり、いつ行けるようになってもおかしくありません。
発展途上国と呼ばれる地域ももちろんですが、大丈夫と思っている国であっても、経済破綻が起こってしまいます。
僕が南米に訪れたとき、ベネズエラのエンジェルフォールという落差世界一の滝に行きたかったのですが、経済破綻により入国拒否され、訪れることができませんでした。
いつ行けるのか、観れるのかわからない、そんな状況に立たされている海外の地域に今は魅力を感じるのだと思います。
今、世界中に猛威を奮っているコロナも同じですね。
飛行機にすら乗れず、訪れることができない、日本人の私にとってある意味消滅していることに美しさを感じるのだと思います。
まだまだ浅いかもしれませんが、今の僕が考えれることはこれまでです笑
今日はこの辺で。ありがとうございました。