戦略コンサルが考えるDXとDX時代におけるスタートアップの戦い方;ローランド・ベルガー福田稔氏×STRIVE古城
こんにちは、ベンチャーキャピタルSTRIVEの古城です。最近、毎日のようにデジタルトランスフォーメーション(DX)というワードをニュースやSNSなどで見かけますね。個人的にも注目しているテーマで、DXに深く関与できるスタートアップに積極的に投資していきたい次第です。産業のDXは、スタートアップ単体では厳しい部分もあり、大手企業との協力が必要なケースも多数存在します。そのため、スタートアップにとって大手企業の考え方を理解することは、DXを推進する上でとても大事です。そんな中、コンサルティング業務やスタートアップ支援を通じてDXの考え方に精通している、ローランド・ベルガーのパートナーである福田さんに、大手企業のDXに関する考え方やスタンス、DX領域におけるスタートアップの戦い方を伺えるご機会をいただきました。大手企業とスタートアップの相互理解は産業のDXを推進する上で必須であり、本稿がDX推進及び産業の発展の一助になれば幸いです。
福田 稔(ふくだ みのる):ローランド・ベルガー パートナー。慶應義塾大学卒、欧州IESEビジネススクール経営学修士(MBA)、米ノースウェスタン大学ケロッグビジネススクールMBA exchange program修了。株式会社電通国際情報サービスにてシステムデザインやソフトウェア企画に従事した後、2007年ローランド・ベルガーに参画。RB東京オフィスの消費財・流通プラクティスのリーダー。シタテルやIMCFの社外取締役を務めるなどスタートアップ支援の経験も豊富。近著「2030年アパレルの未来 日本企業が半分になる日」はAmazon4部門でベストセラー
スタートアップとの「価値共創ネットワーク」を活用することで、クライアントへの高付加価値提供とスタートアップの成長支援を実現
古城:本題に入る前に、ローランド・ベルガーについて簡単に教えていただけますか。
福田さん(以下、福田):ローランド・ベルガーは外資系の戦略コンサルティングファームで、欧州を出自とした会社です。グローバルで2,500名程度のコンサルタントが所属しており、またおそらく創業者が存命である唯一の外資系戦略ファームだと思います。笑 特徴的なのは、東京およびグローバルでスタートアップとの連携を強め、スタートアップと連携したプロジェクトを数多く手掛けていることです。
古城:ローランド・ベルガーはスタートアップとの連携を大々的に打ち出していますよね。”スタートアップと連携”とは具体的にどういったものなのでしょうか。
福田:日本オフィスではスタートアップのネットワーク「価値共創ネットワーク」をつくり、スタートアップと協業することでクライアント(大手企業)のニーズに合わせた様々な支援を行っています。単純に事業戦略を策定して終わりではなく、例えば、スタートアップとの新規事業立ち上げのPOC(Proof of Concept:概念実証)をやりたい、一緒に策定したデジタル戦略の実装をやりたい、などの支援も行っています。また、組むべきスタートアップの目利きへのニーズも強く、価値共創ネットワークに入っていただいたスタートアップをご紹介したりもしています。
古城:ローランド・ベルガーの戦略策定力とスタートアップの実行力、それぞれの強みを掛け合わせて、クライアントに価値提供しているのですね。
福田:はい。他コンサルティングファームがデジタルを自前化していくなか、ローランド・ベルガーはスタートアップなど外部を適材適所で活用し、戦略立案やプロジェクト全体のオーガナイズ・プロデュースを実施することで、クライアントにカスタマイズした価値を提供している点が大きな特徴だと思います。同時に、スタートアップの成長支援も行っており、社外取締役やアドバイザーを担ったり、弊社コンサルタントが出向してハンズオンで支援したりもしています。
古城:かなり前のめりな支援ですね。過去に上手くいった事例などはありますか。
福田:大手人材会社の事例で、クライアント、スタートアップ双方にとって良い結果をもたらせたものがあります。人材紹介ビジネスは、人材コンサルタントが転職希望者と合いそうな会社をマッチングさせるというアナログなビジネスですが、AIを活用することで、紹介精度の向上やミスマッチの軽減など、大きな効果を見込めます。そこで、クライアントの大手人材会社に価値共創ネットワークのスタートアップを紹介し、採用プロセスのAI化プロジェクトを行いました。プロジェクトは上手く進み、最終的には人材会社がスタートアップに出資するまでに至りました。我々の信用のもと上手く繋ぎあわせることで、クライアントのDXが進み、スタートアップは資金調達に成功するという、典型的な価値共創ネットワーク活用プロジェクトとなりました。
古城:ローランド・ベルガーが全体のコーディネート役を担ったのですね。
福田:そうですね。大手企業、スタートアップどちらにも上手く繋がりたいというニーズがあるものの、提携に向けたライトパーソンが分からない、自分たちの原理が通じない(相互の理解不足)などの課題が存在します。この橋渡し役が必要であり、ここが我々の価値だと思います。
産業の発展には個社の最適化だけではなく、産業全体での合理化が必須。スタートアップは産業革新・DXのキープレイヤー
古城:従来のコンサルプロジェクトとは異なるかたちでの価値提供で面白いですね。ところで、なぜ戦略コンサルファームが、スタートアップの成長支援まで行っているのですか。
福田:日本の業界全体を革新するために必須だからです。革新を促す存在であるスタートアップそのものが成長しなければならないという問題意識を持っています。
古城:なるほど。
福田:これは、そもそもコンサルタントとしての問題意識がベースにあります。ご存じの通り、平成の30年間、日本経済は低迷してきました。一方で、我々コンサルティング業界は成長し続けている。コンサルティングニーズが高まり、ご支援させていただいているのですが、日本経済に実はインパクトを与えられていないという事実があります。
古城:なかなか皮肉なお話ですね。
福田:やはり個社への支援だと限界があると考えています。例えば、総合系アパレルの成長戦略を手掛けるとします。但し、総合系アパレルは百貨店と一体化したビジネスモデルになっています。総合系アパレルだけでもECシフトやD2Cの立ち上げなどやれることはあるのですが、業界全体で見ると百貨店側が変わらないと変えられない側面もあり、業界構造全体を変えていかないと大きな成長は難しいと感じることがあります。産業の成長のためには、業界全体にアプローチしていかないといけない。
古城:話のレベル感が一段上がりますね。この問題意識に対して、具体的なアプローチはあるのでしょうか。
福田:僕は主に消費財・小売といったB2C領域を担当しているのですが、日本のこれらの業界の成長を促せるように、5つのテーマを設けて活動しています。
①業界の中心となるクライアント企業に対して従来同様のコンサルティングを行い、成長を促進させること
②政府や官公庁による改革のご支援
③PEファンドを通じた業界再編のご支援
④メディア活動による業界への啓蒙活動
⑤スタートアップの成長支援
福田:②は例えば、経済産業省のクールジャパン政策立案やアパレル・繊維関連の委員会支援などです。③はプレイヤー数が多すぎて非効率になっている業界において、PEファンドが企業の集約を仕掛けたりするのですが、そのご支援です。④は僕が担当している消費財・アパレル業界の中小企業に多いのですが、彼らは戦略コンサルにプロジェクトを発注する体力がありません。彼らを含め業界再編を促すためには、本やメディアを通じてメッセージを発信していくことが大事なので、積極的にメディア活動をやっています。⑤は大手企業のDXを進めるにはスタートアップの力が必要だからです。
DXとはビジネスの価値向上に繋がる施策
古城:DXというワードが出てきましたが、福田さんはDXをどのようなものだとお考えですか。
福田:時代に合わせて顧客への提供価値を変えていくために、デジタルを活用することですね。デジタルはあくまで手段であり、目的ではない。単なる業務効率化や生産性向上など、いわゆるコストサイドに効くものがDXと呼ばれたりもしますが、あくまでビジネスの価値向上、つまりトップライン(売上)に効いてくるものがDXだと思っています。これはB2B、B2Cに共通した考えです。結局のところ、サプライチェーンや業務の効率化などは、ユーザー体験向上など、何かしらのかたちでエンドユーザー(顧客)への提供価値に繋がります。
古城:おっしゃる通りですね。ここ数年でDXがトレンドになっている背景には何があると思いますか。
福田:最大の理由は日本がデジタル化に遅れているからではないでしょうか。そして、世間がようやく「日本経済は後退しているんだ」と認識したからでしょう。平成から令和になったタイミングで、平成元年と令和元年時点の時価総額を比較する機会がありました。30年ほど前には時価総額トップ10のうち7社は日本企業だったのに、今や10位以内には一社もいない。また日米の株価指数を比較すると、米国のS&P500は約30年で10倍程度成長しているのに、日本のTOPIXはマイナス30%程度です。
古城:現実を突きつけられたわけですね。
福田:日本が実は世界のトップからかなり引き離されているんだと認識せざるをえなかった。そこで遅れた理由を考えてみると、デジタル化で大きく後れを取ったからなのが明白なんです。世界にはGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)などが台頭していて、それらの企業のキーワードがデジタルだとやっと気づいたのです。米国や中国などのデジタルエリート層が、デジタルを最大限活用することでビジネスを変え、突っ走っており、日本などがついていけていないのです。
古城:日本もなんとか追いつき・追い越したいところですね。
福田:そうですね。ただ、構造的に追いつきにくい理由もあります。今、優秀なITエンジニアは国を問わず働けますから、そうなると一番給与が高いところ、つまりアメリカや中国のトップ企業に行ってしまうわけです。優秀な人材を確保できるので、より優れた技術やサービスが開発される。それが使われて、さらにデータが集まって進化する……と、トップ層の進化スピードが加速化しているんです。
古城:なるほど。
福田:技術者不足といった構造的な課題は今すぐに解決を図れるわけではありませんが、意識は変えていけます。むしろ、意識が変わらないと何も始まらない。僕の役割は、経営者の意識を変える契機をつくることだと思っています。
新型コロナウイルスは消費者の価値観や消費行動を変え、企業のDXの加速や生存競争の激化を促す
古城:現在、新型コロナウイルスの影響で、外部環境や消費者の価値観が大きく変わりうるタイミングだと思います。企業に変化を促すのに適した局面だとも思いますが、いかがでしょうか。
福田:昨年出した著書「2030年のアパレル業界の未来」で、今後市場が縮小していく中で企業の新陳代謝が起きていくと述べたのですが、この新陳代謝がコロナで5年ほど早まるでしょうね。消費者サイドでみると、本質的なものを追求したい、より社会に役立つものをサポートしたいといった価値観が出始めています。消費行動では、巣ごもり消費で老若男女問わずECの活用度合が上がっている。D2C領域などでは前年比+200%程度で推移している会社がいる一方、EC化率3%のようなデジタルシフトに遅れて一気に立ち行かなくなった会社もいます。
古城:消費者の価値観や消費行動の変化は、企業側にも変化を促しそうですね。
福田:そうですね。僕が支援しているシタテルのクラウドサービスは、コロナを契機に問い合わせが大幅に増え、導入が進んでいます。元々、アパレル業界は工場やテナントとのやり取りが電話・ファックスとアナログでした。これだとリモートワークに全然対応出来ないということに気づき、シタテルのようなクラウド生産管理システムを導入して、全業務をオンラインでやろうという意識が高まっています。コロナがなければ、意識の高い一部の企業だけの取り組みとなり、なかなか導入が進みませんでした。DXに対しては、コロナは追い風として作用していると言えますね。
スタートアップの戦い方は、”生き残るための堅実な資金計画”と”顧客に寄り添ったDX推進”の両輪を上手く回すこと。腰を据えた丁寧なCSが成功のカギ
古城:そのような市場環境で、スタートアップはどのような活動をしていくのが良いと思いますか。
福田:プラクティカルには、何とかしてコロナを乗り切ることです。ビジネスチャンスは確かに生まれている一方で、資金調達環境は厳しくなっています。今後、間違いなく選別が起こると思います。
古城:ITバブル崩壊やリーマンショック後のように、ですね。
福田:ええ。コロナ流行前は、スタートアップバブルだったので、資金調達できるものだという前提でコスト構造を組んでいたスタートアップが多いです。その前提が崩れてしまったので、まずはその体質を見直し、キャッシュポジションを確立して生き残れるようにすべきです。
古城:事業サイドの視点ではいかがですか。
福田:伝統的な大手企業がDXへの意識を高めていますから、最大限ビジネス機会として活用することですね。生き残ることとビジネスの推進、両輪をいかに上手に進めていくのかが今後のスタートアップのポイントです。
古城:スタートアップが大手企業と組む上で、どういったことを意識しておくべきでしょうか。法人営業のようなビジネス力や技術・サービスの特異性など、大手企業が組みたいと思うスタートアップの条件について、福田さんはどう思われますか。
福田:二つありますね。一つ目は、本質的なもので、カスタマーサクセス(CS)をきちんと考えているか。ビジネス拡大に意識が向きすぎて、せっかく顧客になってくれた会社へのサポートが疎かになってしまうケースが見受けられます。いわゆる顧客ファーストの経営がしっかりできているかどうかは、シビアに見ている点だと思います。二つ目は、大手企業のペースに足並みを揃えられるかです。伝統的な大手企業はDXに慣れていないので、スタートアップのソリューションを活用して結果を出すまでに時間がかかりますから。
古城:リードタイムがかかるわけですね。スタートアップはキャッシュポジションがタイトなのですが、どうしたら良いでしょうか。
福田:そこは無理な計画を立てないことだと思います。ビジネスで成果を出すには時間がかかるため、その前提に立ったキャッシュポジション、資金繰り、資金調達を計画できるかどうかだと思います。
古城:大手企業から見て、このスタートアップはやり切ってくれそうという安心感が大事そうですね。
福田:はい。B2Cだと少し話は変わりますが、B2Bの場合は特にそうですね。
大手企業は”スタートアップにしかできない価値提供”を欲している。DX加速には、事業提携を越えた大手企業のビジネスの根幹を変えうるM&Aの増加も必須
古城:コロナを乗り越えた先に、DX加速のためにスタートアップがどんな役割を担えそうですか。
福田:大きくは二つあると思っていて、まずは最先端の付加価値提供です。特にテック系ではスタートアップにしか集まらない優秀な人材がいますから、そういう人材の価値を活用してスタートアップにしかできない価値を提供していくこと。もう一つは業界全体での話になりますが、M&A候補になることです。日本の伝統的な大手企業がDXする上でのボトルネックは、デジタル人材の不在です。そのため、人材獲得のためのM&Aをもっとやっていくべきだと思っています。デジタル企業の買収は、伝統的大手企業がDXする際の常とう手段なのですよ。例えば、ウォルマートはジェット・ドットコムを買収し、その社長をいきなりウォールマートのCTOに起用することで、DXを進めました。リクルートも同じで、2012年にインディードを買収してDXを進めました。リクルートの既存の採用マッチングモデルをディスラプトするインディードを社内グループに取り込むことで、既存事業のDXをうまくドライブしました。この2つの事例は、象徴的で大きな話かもしれませんが、大手企業がM&Aを活用してDXを進めた良い事例で、今後もっと増えていくべきだと思っています。
古城:日本のスタートアップに対するM&Aはざっくり20億円程度と海外と比べると小さめですが、2つの事例のようにビジネスの根幹を変えるような大きなM&Aが増えるといいですね。買収金額の大小ではなく、ビジネスインパクトの視点でより検討できるようになるといいかもですね。ベンチャーキャピタルの視点だと、グロース・レイターでの資金調達機会が増え、上場以外での事業拡大の機会がもっと増えるといいのかもしれません。
福田:特に大手企業側の認識を変えることが重要ですね。変わらないまま企業価値を下げていることに対して、問題意識の低い経営者が多いです。あとは、自前主義からの脱却。日本企業には自分のところでやるべきだという意識が根強く残っていますから。企業価値を高めるにはDXが必要なのは明らかであり、DXをやるには自分たちのリソースだけではできない、世界のスピードについていけないと認識する。その認識の変革が今後の成長のために必要でしょう。
古城:大手企業の意識改革を進め、大手企業とスタートアップによる協業・DXを増やすことで、日本の産業の発展を推し進めていきたいですね。本日はありがとうございました。
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