かんごし通信 その9(2020.7)

 『術後せん妄』という言葉をご存知であろうか。これは手術に於ける合併症の一つで、手術をきっかけにして起こる精神障害を指す言葉である。手術後の患者が突然に錯乱、幻覚、妄想状態となり、一週間前後続いてから次第に落ち着いていくという特異的な経過を辿る。私が勤めている整形外科病棟では手術が終わった後に心電図のコード、点滴、抗生剤に始まり、輸血、血抜きのドレーン、硬膜外麻酔、尿管、血栓防止のフットポンプなど様々なおまけがついてくる。更には手術後2日目まではベッド上安静となり、それらのおまけが段階的に抜去されてから晴れて歩く練習を始める、という経過を辿るのである。しかしながら『術後せん妄』が引き起こされると手術が終わった直後に立ち上がろうとしたり、管類を引き抜こうとしたり、今どこにいて、何をしているのか分からない、といったような困った事態になる。そこで私たち看護師は患者の転落や転倒、管類が抜けてしまうことによって起きる麻痺や痛み、主治医や師長からのお叱りを防ぐために昼夜問わず奔走しているのである。

これを人事のように読んでおられる読者のみなさま驚く勿れ、この『術後せん妄』の発症率は五十歳以上で二十パーセント、七十五歳以上では五十五パーセントという研究結果も出ている。そこで「それを起こさないようにするのが医者の仕事であろう」とお考えの方もいらっしゃると思うが年齢や元々の疾患、薬の内容、環境の変化、手術に対する不安など様々な要因が複雑に絡み合って発症することが分かっており、なる人はなる、のである。

 少しばかり話は変わるが、先日仲の良い後輩が仕事や私生活のストレスから精神を病んでしまったのであった。彼は元来責任感の強い性格で、人に頼ったり、弱みを見せたりすることを何より嫌う、私とは対極にいるような人物であり、自身の精神の不調を認めること自体にかなりのストレスを感じているように思えた。世間一般の認識として、いわゆる『うつ』や『認知症』、先程の『術後せん妄』など、精神疾患の病名がつくとそのこと自体に大きなストレスを感じてしまうものだが、私たち医療従事者からすると『骨折』や『肺炎』、『新型コロナウイルス感染症』などと何ら変わらない疾患の一つなのである。

病名がついたこと自体に余計なストレスを感じることなく、適切なタイミングで必要な治療を行うことが回復への近道となる。今まさにこれらの葛藤の真っ只中にいる方には無責任な内容に取られるかも知れないが、私たち看護師はそれらの助けになるために働いているので、いつでもお声をかけていただきたいと思う。

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