孤独 交通事故重傷記7
2度目の月曜。
初めの病院を退院し、大病院に入院した。手続きを終えて午後5時ごろ、新しい主治医となった歯科の医師に呼び出された。
医師によると、噛み合わせが悪いのは左目下と左頬の2 カ所が折れ、ダブルで骨が下がっているため。上顎の左半分がやや下に傾いた状態になっており、手術で2カ所を元の位置に戻して固定する必要があるという。その説明は噛み合わせに関する私の違和感と合致していた。
しかも、初めの病院の主治医様からは顔面の皮膚をめくって手術を進めると聞いていたが、まったく違った。上の歯の唇側上方にメスを入れ、左右の頬の骨を固定する。また、左のこめかみ付近を2センチほど切り、眼窩外側壁の骨折箇所をとめるということだった。
「傷が残るのはこめかみ部分だけで、目立たないようにします」
ただ、近日中の手術の枠は埋まっていて、ようやく確保できた3月 29日まで放置しておくと、その間に肉がついて元の位置に戻しづらくなる。そこで
「これから顎間固定(がっかんこてい)で位置の矯正をします」
無防備だった私に肉体的、精神的な負担が大きいとされる措置を宣言した。
「心の準備が必要ですか?後日にします?」
私のひるんだ表情を見逃さず、とりあえず選択権を与えるような発言をしているが、選択の余地はない。
「じゃあ今からしますね」
歯科の椅子に座らされ、周囲には主治医のほか、若手の歯科医師と歯科衛生士と思われる50~60代の女性が3、4人いた。
まず表面麻酔をかけ、次に刺す麻酔が行われた。痛みは全然大したことない。
処置の前、私は若手医師に恥をしのんで一つだけ、「痛いですか?」と聞いていて、その答えは「麻酔の時だけ少し痛いです」だった。痛みのレベルが弱いものから順に10 段階で表現するなら、先ほどの麻酔は「2」程度。固定後の生活はつらいのかもしれないけど固定自体は割と楽に終わるものなんだと安心したが、やはり予想通りにはいかなかった。
歯にぎりぎりと圧力がかかり、じんわりと血が出てくる感覚がした。針金を歯の間に通しては上げたり下げたり、引っ張ったりして、歯が抜けそう。頸椎持っていかれそう。縫合して間もない唇は張り裂けそうだ。痛い。痛みのレベルは「10」を余裕で振り切った。
主治医は若手医師にアドバイスしていて「そうそう」と言っている。「そこじゃなくて」と聞き捨てならん指摘もしている。文句を言いたいが、『このように若手が経験を積むことが県内歯科界のボトムアップにつながるのだ』と、不要な言葉を飲み込んだ。
処置はまだ続き、主治医が「器用だね。私が初めての時は2時間くらいかかったけど」と言えば、若手は「ご指導が上手だから」とよいしょをしている。おそらく周りの女性スタッフ含め、みんなニコニコ笑っている。私ひとり、痛みに耐えて非日常の世界にいる。孤独だった。
和気あいあいとしたムードはさらに高まり、女性スタッフが先日の失敗談を語り始めた。
「あのな、こないだコスモスの駐車場でアクセルとブレーキ踏み間違いそうになったんや。『50代女性、コスモス襲撃』って。ニュースになるところやった。わたしその日、寝れんかったもの。ドキドキして」
負けじと別のスタッフは医師に指示された器具の準備がうまくできず、「老眼なのかしら?よく見えなくって」と、自虐ネタで笑わせていた。
麻酔から1時間ほど。ようやく終わり、歯の自由は奪われた。栄養ドリンクの食事、うがい、服薬は全て歯の隙間から行うことになり、またイチからやり直すことになった。
夜、口を無理やり動かして装着した器具が外れ、バラバラになる。いつまでたっても口の中から金具がこぼれ落ちる……。そんな悪夢を見た。